| 2005/05/22の礼拝説教 |
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不眠は怖くない
エステル6:1〜11 使徒16:25〜34 マタイ26:36〜41 皆川尚一牧師 |
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その夜、王は眠ることができなかったので、命じて日々の事を しるした記録の書を持ってこさせ、王の前で読ませたが、 その中に、モルデカイがかつて王の侍従で、王のへやの戸を 守る者のうちのビグタナとテレシのふたりが、 アハシュエロス王を殺そうとねらっていることを告げた、と しるされているのを見いだした。そこで王は言った、 「この事のために、どんな栄誉と爵位をモルデカイに与えたか」。 王に仕える侍臣たちは言った、「何も彼に与えていません」。 王は言った、「庭にいるのはだれか」。 この時ハマンはモルデカイのために設けた木にモルデカイを 掛けることを王に申し上げようと王宮の外庭にはいってきていた。 王の侍臣たちが「ハマンが庭に立っています」と王に言ったので、 王は「ここへ、はいらせよ」と言った。やがてハマンがはいって来ると 王は言った、「王が栄誉を与えようと思う人にはどうしたらよかろうか」。 ハマンは心のうちに言った、 「王はわたし以外にだれに栄誉を与えようと思われるだろうか」。 ハマンは王に言った、「王が栄誉を与えようと思われる人のためには、 王の着られた衣服を持ってこさせ、また王の乗られた馬、 すなわちその頭に王冠をいただいた馬をひいてこさせ、 その衣服と馬とを王の最も尊い大臣のひとりの手にわたして、 王が栄誉を与えようと思われる人にその衣服を着させ、 またその人を馬に乗せ、町の広場を導いて通らせ、 『王が栄誉を与えようと思う人にはこうするのだ』とその前に 呼ばわらせなさい」。それで王はハマンに言った、 「急いであなたが言ったように、その衣服と馬とを取り寄せ、 王の門に座しているユダヤ人モルデカイにそうしなさい。 あなたが言ったことを一つも欠いてはならない」(エステル6:1〜11)。 不眠は怖くない 普通、人間に必要な睡眠時間は8時間とされています。そのために 8時間眠らないと「睡眠不足だ」と考える傾向が生まれます。4時間しか眠れないと「眠らなくてはいけない」とあせり始めます。なかなか眠りに 落ちることが出来ないと、「このままでは死んでしまうのではないか??」 と、脅迫観念に襲われます。 しかし、本当は眠れなくても死ぬことはありません。 実は、不眠は怖くないのです。今日は、常識をわきに置いて、 「不眠は怖くない」という理由を探求して見たいと思います。 眠らないで生きた人の話 先ず、極端な実例から取り上げますと、一生全く眠らないで生きた人がいるのです。それはテレビのサイエンス・ミステリー「それは運命か奇跡か」という番組に出た「アルバート・ハルビン」という人の話です。 彼は1851年に生まれ、1947年になくなっています。誕生のときから 眠らない赤ん坊として、医師からは「一週間で死ぬ」と宣告されました。 しかし、彼は生涯眠らないで96年間生きたのです。 たった一つの例でも事実は事実であります。 「神は人を何処へ導くのか」の著者鈴木秀子シスターも、テレビ番組で見たあるロシア人の女性の話を載せています。その人は90歳近い人 でしたが、かつて一睡もできないままで47年間過ごしました。 また、カトリックの奇跡の聖女と呼ばれたテレ一ゼ・ノイマンは、他の人と同じように午後9時頃にベッドに入って横になりますが、たいていは 午前3時から5時まで2時間しか眠ることができません。しかし、眠れなくても彼女は少しも退屈しないのです。静かなこのベッドの上の長い時間は彼女にとって楽しい祈りの時だからです。神様との霊の交わりが深いゆえに、眠れなくても支障がないのかもしれません。 眠れないのは神様の御心を知るために必要なこともあるのです。 王は眠れなかった エステル記第6章を見て下さい。 「その夜、王は眠ることができなかったので、命じて日々の事をしるした記録の書を持ってこさせ、王の前で読ませたが、その中に、モルデカイがかつて王の侍従で、王のへやの戸を守る者のうちのビグタナとテレシのふたりが、アハシュエロス王を殺そうとねらっていることを告げた、と しるされているのを見いだした」(1〜2節)とあります。 ペルシャ王アハシュエロスはユダヤ人のモルデカイに正当な報酬を 与えていないのに気づかされたのです。そこで大臣のアマレク人ハマンを呼んで「王が栄誉を与えようとする人にはどうしたらよいか」と尋ねました。するとハマンは「それは自分のことに違いない」と思って、「その人に王の服を着せ、王の馬に乗せ、一番尊い大臣にその馬を曳かせて、町の広場で、「王が栄誉を与える人だ」と呼ばわらせるように勧めました。王が「よかろう、ではお前がモルデカイの馬を曳け」とハマンに命じたので、ハマンはびっくりしました。それは、ハマンがユダヤ人を憎み、モルデカイを殺す陰謀をめぐらしていたからです。これにより、ハマンは大恥をかくことになりました。 このように、眠れないのは神様の御心を知る 貴重なチャンスかも知れません。 ゲッセマネの園でイエス様だけが眠らずに神様の御心を求めて、 十字架につく決心ができたのも、また、パウロとシラスがピリピの牢獄の中で眠れずに神様を讃美していたら、大地震が起って鎖が解け、牢獄の扉が開いたのも、眠れない夜に意味があったのだということを教えてくれます。 眠れない夜の恵み 39年前わたしが聖霊で満たされたとき、一ヶ月ほどはイエス様と私のハネムーンでした。食欲も睡眠欲も薄れてしまい、ほとんど眠らず、 ほとんど食べなくても元気でした。いや、むしろ快適でありました。わたしはこの世にいながら天国にいる感じなので、昼間は学習塾をしていましたから、これでは学習指導に支障がありはしないかと心配でしたが、 反って頭脳明晰で前より良くできました。夜になればねむれないけれども真っ暗な中に美しい天界の光景がテレビで見るように見えるし、イエス様との親しい会話を楽しむことができ、いろいろなことを教えられました。 心のとろけそうな愛の喜びは天界との交わりの中にあります。それは、食欲、性欲、名誉欲、所有欲、権力欲の全てに勝るこの上ない快楽の 世界です。みなさんもこの世にいながら天界の喜びを味わうことができるのです。 最近わたしは、山田鷹夫著「断眠」(だんみん)という面白い本に 出会いました。 この人は前に「人は食べなくても生きられる」という本を出しましたが、こんどは「人は眠らなくても生きられる」という本を出したのです。 それを「断眠」としたのは、眠りを断つという意志を表明したのです。 どんどん睡眠時間を減らして、さきほどわたしが紹介した、カトリックの 聖女テレーゼのように、一日2時間、あるいは90分にまで 縮めて行きます。 しかし、そのほかに短い架眠(かみん)の時をもつのです。これは眠りこまないでリラックスして過ごすときです。山田さんは、「大いなる意識」を そこに呼び込む目的をもって断眠し、架眠すればこの世のどんな快楽にも勝る快楽が得られると言っています。それは神様との交わりと言い 換えても良いのではないかと、わたしは思うのです。彼はその時間を 「テレーゼゾーン」と名づけました。彼はクリスチャンではないので、 自分が神になることを考えているらしいです。 しかし、聖書を通して天地創造の神様の大いなる霊を呼び込むのに、 不眠が役立つことを教えてくれます。 どうか皆さんが自分を愛してこの世に送り込んでくださった神様の愛を知るのに素晴らしい昼と夜とを経験されるようにお勧めします。 アーメン |
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