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                                           2010/11/28の礼拝説教
  耳よ開け

   イザヤ35:3〜6
   ローマ11:8
   マルコ7:31〜37                皆川尚一牧師
耳よ開け
  それから、イエスはまたツロの地方を去り、シドンを経てデカポリス地方を通りぬけ、ガリラヤの海べにこられた。すると人々は、耳が聞こえず口のきけない人を、みもとに連れてきて、手を置いてやっていただきたいとお願いした。そこで、イエスは彼ひとりを群衆の中から連れ出し、その両耳に指をさし入れ、それから、つばきでその舌を潤し、天を仰いでため息をつき、「エパタ」と言われた。これは、「開けよ」という意味である。すると彼の耳が開け、その舌のもつれもすぐ解けて、はっきりと話すようになった。イエスは、この事をだれにも言ってはならぬと、人々に口止めされたが、口止めすればするほど、かえって、ますます言い広めた。彼らはひとかたならず驚いて言った、「この方のなさった事は、何もかも、すばらしい。耳の聞こえない者を聞こえるようにしてやり、口のきけない者をきけるようにしておやりになった。(マルコ7:31〜37)。

  イエス様はツロを去って南に下り、シドンから北ガリラヤを東へ横切ってガリラヤ湖の東岸を下ってデカポリス地方を通って湖の岸辺に到着されました。これはユダヤ人の目をくらますための長旅ではなかったかと思われます。  
  しかし、人々の目を逃れることは出来ませんでした。ユダヤ人も異邦人もイエス様を見知っていたので、とんなに淋しいところに行っても、人々は集まってくるのでした。  
  すると、イエス様の許に耳が聞こえず口の利けない人が連れて来られました。一般に耳と口とはつながっていますから、耳が聞こえないと口も利けなくなる人が多いと言われます。  
  イエス様はその人ひとりを群衆の中から連れ出し、その人の両耳に人差し指を差し込んで、舌を出させ、イエス様の口から出る唾で彼の舌を潤しました。そして、天を仰いでため息をつき、「エパタ!」(開け)と叫びました。これはその地方で使われているアラム語でした。すると、耳が聞こえるようになり、口も利けるようになりました。悲しみのため息は、感謝の讃美に変わったのです。

心の耳で聞く  
  この癒しには、八木重吉が心に聞いた主のみ言葉と心の働きが関係しているのかも知れません。

               声
     お前がなおしてもらえるとさえ思えば、
     すぐにお前をなおしてやる。
     こういう声がかすかに聞こえます。

  八木重吉も結核を患っていて、キリストの癒しを求めていた人ですから自分の心の耳にこういう神の声をかすかに聞いたのかも知れません。
  肉体の耳と目の閉ざされていることよりも、もっと大変なのは心の目と耳の閉ざされていることです。

心の耳が開かれる  
  使徒パウロはイエス・キリスト様を約束のメシアとして受け入れないイスラエル人についてこう述べています。 
  「神は、彼らに鈍い心と、  
  見えない目と、聞こえない耳とを与えて、  
  きょう、この日に及んでいる」(ローマ11:8)。
 
  これを読むと、神様が勝手に見えない目と聞こえない耳とを与えたように受け取れますが、そうではありません。人間には自由意志がありますから、肉の目で見て、耳で聞いていても、イエス様をメシアとして信じられない、いや、信じたくないという頑なな気持を持ち続けていると神様はそのままで放っておくのです。それが、「神が彼らに鈍い心と見えない耳と、聞こえない心を与えた」という意味です。  
  しかし、神が人の心の耳を開かれる時があります。例えば《使徒行伝 16:11〜15》を見て下さい。
「そこで、わたしたちはトロアスから船出して、サモトラケに直航し翌日ネアポリスに着いた。そこからピリピへ行った。これはマケドニヤのこの地方第一の町で、植民都市であった。わたしたちは、この町に数日間滞在した。ある安息日に、わたしたちは町の門を出て、祈り場があると思って、川のほとりに行った。そして、そこに座り、集まってきた婦人たちに話をした。ところが、テアテラ市の紫布の商人で、神を敬うルデアという婦人が聞いていた。主は彼女の心を開いて、パウロの語ることに耳を傾けさせた。そして、この婦人もその家族も、共にバプテスマを受けたが、その時、彼女は、『もしわたしを主を信じる者とお思いでしたら、どうぞ、わたしの家に来て泊まって下さい』と懇望し、しいてわたしたちを連れて行った」。  
  ここに、「主は彼女の心を開いて」とありますように、神様のほうから
人の霊の耳と目とを開いてくださるのです。わたしたちはこのことを祈りつつ、伝道して行こうでありませんか。               アーメン

次回予告 10.12.5 恵みのお代り(マルコ8:1〜10)

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