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                                           2010/3/14の礼拝説教
  時は満ちた

   創世記3:15
   ガラテヤ4:1〜7
   マルコ1:14〜15                皆川尚一牧師
ヨハネ投獄される
  14 ヨハネが捕えられた後、イエスはガリラヤに行き、神の福音を宣べ
    伝えて言われた、
  15 「時は満ちた、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信ぜよ」
    (マルコ1:14〜15)。


  このヨハネというのは、バプテスマのヨハネのことです。バプテスマのヨハネはガリラヤ分封の国王ヘロデ・アンテパスの命令で投獄されたのです。その理由は、ヘロデが異母兄の妻ヘロデヤを誘惑して自分の妻にしてしまったので、バプテスマのヨハネがヘロデ王に悔い改めを迫ったことによります。ヨハネの投獄された場所は死海東岸のマケラス城の地下牢でした。この事件によって、イエス様はヨハネの時が終わったこと、そしてイエス様の時が始まったことを悟られたのです。

ガリラヤ伝道の開始  
  それは丁度、40日40夜の荒野におけるサタンの試みが終わった時でもありました。ヨハネの投獄の知らせを聞いて、イエス様はパレスチナの東北地方のガリラヤで伝道を開始されました。故郷ナザレは閉鎖的な村でしたが、ガリラヤ湖の周辺は美しい花々が咲き乱れ、山美しく、水も清らかで、「異邦人のガリラヤ」と呼ばれるくらい、いろいろな人種の人々が住む開放的な地方でした。ヘロデ王もユダヤ人ではなく、エドム人でした。また、ローマ人の支配に対する反乱の多くはガリラヤ地方で勃発したのです。革命家、偽メシア、偽預言者たちが次々と現れては鎮圧されて消えて行きました。それは、権力の中枢の置かれたエルサレムから遙かに遠く隔たっていたせいでもあります。イエス様がメシアとして登場される場としては、正にうってつけの舞台であったのです。

時は満ちた  
  次に、イエス様が発せられた大号令は簡潔にして、率直なものでした。
 「時は満ちた、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信ぜよ」(13節)。
 この「時」とはギリシャ語で「カイロス」と言って、「あることを行うのに適切なチャンス」という意味です。つまり、「今こそ神の救いの時が来た」と宣言したわけです。  
  また、「神の国は近づいた」というのは、「神の支配はここに来ている」と言う意味です。国と言っても、丁度「日本は神の国だ」というように、どこかそういう国が地球上にあるというのではありません。地球も宇宙も神様が創造して、治めておいでになるのですから、広い意味では神の国とも言えますが、不信仰、不道徳な人々が充満しているこの世は、神の国とは言えません。ですから、ここで言う、「神の国」とは「神の支配」という意味であります。  
  つまり、「神の支配はイエス様と共に、ここに来ているのだから、イエス様を信じて神様に従いなさい」と言っているのです。  
  つまり、イエス様と出会った時こそが、永遠の神のふところに飛び込むチャンスであり、神様の愛の中に立ち帰る時なのであります。

升崎外彦の救い  
  それは、二千年前のガリラヤではなく、現代の日本でも同じことです。一つの実例を話しましょう。以前にも話したことのある升崎外彦牧師が救われた時の話です。彼は北陸の金沢市で由緒ある寺の後継ぎとして生まれました。父親から、「キリスト教は邪教であり、もっとも程度の低い宗教であるから絶対に、耳をかしてはならぬ」と禁止されていました。それで仏教に飽き足らず、ほかの色々な宗教を巡礼して、その教えを学びましたがどうしても信じられませんでした。そこで、もうこの人生には生きる意味も希望もないと思い、自殺しようと決意して武家屋敷の多い静かな通りを海の方に急いで行きました。するとある交差点にさしかかった時、そこで救世軍の路傍説教が行われていました。「いやなものを見たな」と思って、走って通り過ぎようとした時、電柱に嫌と云うほど頭をぶつけてその場に倒れました。するとそのとき彼の耳に伝道者の語る聖書の一句が飛び込んで来ました。
「すべて労する者、重荷を負う者、われに来たれ。われ汝らを休ません」(マタイ11:28)。  
 「疲れた者とは誰か、自分ではないか!重荷を負う者とは誰か、自分ではないか!この心の重荷を軽くしてくれるものなら、たとい邪教であろうともかまわない!外彦は夢中になって伝道者の前に膝まづいて、叫びました、「先生、僕を救って下さい。僕は疲れきっています。背負いきれない重荷で押しつぶされそうです。今も自殺しようとしていたのです」と。  
  それは明治41年6月28日、外彦16歳の時でした。彼は救世軍金沢小隊でキリストの十字架の福音を聞いて信じました。「おお主イエスよ、私は信じます。あなたこそ真の阿弥陀仏、生ける如来様です」と彼は叫びました。  

  皆さんこのように、今もキリストの福音を心に聞くとき、そのときこそ神様の愛が垂直に天下ってあなたの中に神の国をもたらすのです。わたし達はこの世にいながら、天国に属し、神様に直接仕えて働くことが出来、永遠不滅の燃えるような愛に活かされるのです。どうか、あるがままの自
分をイエス様におゆだねして生きて行こうではありませんか。  アーメン

次回予告 10.3.21 決 断(マルコ1:16〜20)

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