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                                           2011/2/13の礼拝説教
  主よ、信じます

   詩篇144:1〜2
   エペソ6:10〜18
   マルコ9:14〜29               皆川尚一牧師
不信仰な時代
  さて、彼らがほかの弟子たちの所にきて見ると、大ぜいの群衆が弟子たちを取り囲み、そして律法学者たちが彼らと論じ合っていた。群衆はみな、すぐイエスを見つけて、非常に驚き、駆け寄ってきて、あいさつをした。イエスが彼らに、「あなたがたは彼らと何を論じているのか」と尋ねられると、群衆のひとりが答えた、「先生、おしの霊につかれているわたしのむすこを、こちらに連れて参りました。霊がこのむすこにとりつきますと、どこででも彼を引き倒し、それから彼はあわを吹き、歯をくいしばり、からだをこわばらせてしまいます。それでお弟子たちに、この霊を追い出してくださるように願いましたが、できませんでした」。イエスは答えて言われた、「ああ、なんという不信仰な時代であろう。いつまで、わたしはあなだがたと一緒におられようか。いつまで、あなたがたに我慢ができようか。その子をわたしの所に連れてきなさい」。そこで人々は、その子をみもとに連れてきた。霊がイエスを見るや否や、その子をひきつけさせたので、子は地に倒れ、あわを吹きながらころげまわった。そこで、イエスが父親に「いつから、こんなになったのか」と尋ねられると、父親は答えた、「幼い時からです。霊はたびたび、この子を火の中、水の中に投げいれて、殺そうとしました。しかし、できますれば、わたしどもをあわれんでお助けください」。イエスは彼に言われた、「もしできれば、と言うのか。信ずる者にはどんな事でもできる」。その子の父親はすぐ叫んで言った、「信じます。不信仰なわたしをお助けください」。イエスは群衆が駆け寄って来るのをごらんになって、けがれた霊をしかって言われた、「おしとつんぼの霊よ、わたしがおまえに命じる。この子から出て行け。二度と、はいって来るな」。すると霊は叫び声をあげ、激しく引きつけさせて出て行った。その子は死人のようになったので、多くの人は、死んだのだと言った。しかし、イエスが手を取って起こされると、その子は立ち上がった。家にはいられたとき、弟子たちはひそかにお尋ねした、「わたしたちは、どうして霊を追い出せなかったのですか」。すると、イエスは言われた、「このたぐいは、祈りによらなければ、どうしても追い出すことはできない」(マルコ9:14〜29)。

  イエス様と三人の弟子たちが山から下りて来たとき、山の麓には騒ぎが起っていました。それは、ある人が悪霊にとりつかれた子供を治してもらおうと連れて来たけれども、イエス様のお姿が見えないので、麓でイエス様を待っていた弟子たちに頼んだところ、どうしても悪霊を追い出すことが出来ませんでした。父親も、群衆もがっかりするし、キリスト反対派の律法学者は、「それ見たことか」とばかり弟子たちを攻撃するし、大騒ぎになりました。そこには、信仰が何処かにすっ飛んでしまって、人間的な議論だけがありました。信仰とは、《神様がここにいて、わたしたちを救う》ということを信ずることです。信じて、宣言して、罪と悪魔に打ち勝つことです。それが、弟子たちには出来なかった。その子の父親にも出来なかった。群集にも出来なかった。それを攻撃している律法学者にも出来なかった。ですから、イエス様は「ああ、何という不信仰な時代であろう!」と嘆かれたのです。

悪霊のしわざ  
  そこで先ず、その子にとりついた悪霊のしわざを観察して見たいと思います。イエス様はそれを「おしとつんぼの霊」と呼びました。この悪霊は憑依した子供の口を利かなくし、耳を聞こえなくしました。そして、どこででも引き倒して引き付けを起こし、口から泡を吹いて転げ回らせました。これは「てんかん」の症状ですね。
  悪霊を追い出すためには、その名を呼んで追い出す必要があります。悪霊はうそつきですから、「お前の名を言え」と命じると、偽りの名を言う場合が多いので、そのしわざを見て特定すればよいのです。「おしとつんぼの霊」とか、「てんかんの霊」とか、「ガンの霊」とかです。

主よ、信じます  
  子供の父親は、イエス様に「もし出来れば、わたしどもを憐れんでお助け下さい」と言いました。これと似たような祈り方をわたしたちもすることがあります。それは謙遜な気持ちから、「もし出来れば、お願いしたいのですがーーー」と言うのです。しかし、それでは全能の神様に対する信仰には相応しくありません」。イエス様は父親に言いました、「もしできれば、と言うのか。信ずる者には、どんなことでもできる」と。すると父親は言いました、「主よ、信じます。不信仰なわたしをお助けください」。
  これが人間の弱さというものでしょう。「主よ、信じます」と告白したのに、未だ信じきれない自分を感じるのです。でも、「主よ、不信仰なわたしをお助け下さい」と叫んで、イエスさまの愛のふところに飛び込むならば、きっと助けてもらえます。ここで、もし、信じ切れない自分を感じて、「ああ、これではダメだ」と思って引き下がるならば、信仰を失うでしょう。あなたを愛して下さるイエス様の愛を信じて、主の御ふところに夢中で飛び込むならば、不信仰を突破することができます。

信仰を持続する
  この信仰を持続するためにはどうしたら良いのでしょうか。弟子たちは群衆を離れて家に入ったあと、イエス様にお尋ねしました、「なぜ、わたしたちは追い出せなかったのでしょうか」と。するとイエス様は言われまし
た、
「このたぐいは、祈りによらなければ、どうしても追い出すことはできない」と。 「このたぐい」というのは「悪霊の種類」を指しています。一口に悪霊と言っても色々な種類があります。サタン、悪魔、ルシファーとか呼ばれる霊格が高く、霊力の強い悪霊から、ゴブリンと呼ばれる霊格の低い、霊力の弱い悪霊まで、霊の階級が幾段階もあるのです。つまり、ヤクザに譬えれば、ボスからチンピラまでいるのです。
  イエス様の12使徒たちは、これまでチンピラの悪霊を追い出した経験があったので、その調子で今度も成功すると思って無造作に「おしとつんぼの霊」を追い出そうとしました。しかし、外見からは分からない強い悪霊が入っていたので、ダメだったのです。そういう場合は、神様に特別な霊力を頂くための断食の祈りをする必要があります。そうするとこちらの霊格が高められ、強い悪霊に勝つ力が注ぎこまれます。神様との間の絶え間ない祈りの交わりによって信仰の力が持続され、増進されます。
  そこで一つの実例をお話ししましょう。

オーラル・ロバーツ異言の祈り
  今から52年前、有名なアメリカの霊的伝道者オーラル・ロバーツが来日して、東京の豊島公会堂で奇跡の癒しの大聖会が開催されました。鳴り物入りの大宣伝が広く行われ、3000人の会衆が会場を満たしました。相模大野からもペンテコステ・ホーリネス派のA牧師が難病の娘さんを連れて行き、大きな期待をもって、神の御業を見ようと見守りました。ところが、どうしたことが全く何の癒しも解放も起らなかったのです。A先生やご家族の失望も大きかったのですが、誰よりも失望したのはオーラル・ロバーツ先生でした。彼はアメリカに帰り、自宅の密室にこもって、泣いて祈りました。  
「神様、あなたはもう私から御霊を取り去られたのでしょうか? わたしを捨てられたのは、どの罪によるのでしょうか?」      
  イエス・キリスト様は言われました、
「あなたのどんな罪によるのでもない。また、御霊があなたから去ったのでもない。 ただ、あなたは神の賜物としての異言の祈りを燃え立たせることを忘れたのだ」と。  
  そこで彼は、3日間(72時間)異言で祈り続けました。そして、そこから立ち上がったときには、まるで別人のように聖霊充満の器となり、奇跡の癒しを行う伝道者として生まれ変わったそうです。

  わたしたちも聖霊の力を持続し、更新するために、聖霊の賜物を大切に燃え立たせて、喜び、祈り、感謝して生きて行こうではありませんか。
                                      アーメン
次回予告 11.2.20 仕える者(マルコ9:30〜37)

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