トップページ >> 説教 >> 箴言 >> (10)
                                          2005/04/17の礼拝説教
  愛の笞

   箴言3:11〜12
   ヘブル12:7〜11
   マタイ16:21〜23                皆川尚一牧師
「わが子よ、主の懲らしめを軽んじてはならない、
その戒めをきらってはならない。
主は、愛する者を、戒められるからである、
あたかも父がその愛する子を戒めるように」(箴言3:11〜12)。

怒りの神か、愛の神か
 世の中には当てにならない常識が流行しています。例えば、旧約聖書の神様は怒りの神で、新約聖書の神様は愛の神であるという。非クリスチャンだけでなく、クリスチャンでもそういう人がいます。牧師様にもそう言う人がいるのですから、無理もないが、これは大きな誤解です。旧約の神も、新約の神も同じく愛の神様であります。時代が変わろうと、天地がひっくり返ろうと神様には変わることがありません。

 なぜそういう誤解が生じるのかといえば、新約のイエスさまは「敵をも愛せよ」と命じているのに、旧約の神様は「敵を皆殺しにせよ」と命じているからでしょう。これにはちゃんとした理由があるのです。「皆殺しにせよ」と命じられた敵の民族が悪魔、悪霊の宗教に捕われているので、なまじ
情けをかけて共存しようとすれば、悪い信仰や風習が神の民に伝染するからです。ペスト菌に汚染された家を焼き尽くすのと同じです。

だから、敵だけでなく同族であっても伝染病は防がなければなりません。

 例えば、出エジプト記第32章には、モ一セが神様から十戒をいただくためにシナイ山に登ったところ、その帰りがおそかったので、イスラエルの民は待ちきれなくなり、エジプト人の神である金の子牛を作って祭りを行いました。山を降りてきたモ一セはこれを見て、激しく怒って金の子牛を砕き、レビ人に命じて罪を犯した者3000人を殺させました。これは
同族の中にある罪の伝染病を焼き尽くすためでした。つまり、教育的
手段では間に合わない場合の非常手段だったのです。

愛の笞
 しかし、ほとんどの場合、神様のとられる道は教育的手段だと言える
でしょう。ここに書いてあるとおりです。「主の懲らしめ」、「主の戒め」は
人間の父親がその愛する子を戒めて立派に成長できるように鍛えるのと同じであります。

 * 例えば、子供が転んだときには、親は直ぐに手を伸ばして助け起こさない。子供を励まして自力で起き上がらせる。起き上がったらほめてやる。これが良い親です。直ぐに助けられるのを期待する子供はひよわな人に育ちます。自立できるように仕向けるのが親の役割であります。
 * 前にもお話したことがある田崎健作先生が洗礼を受けた頃のお話です。 「ビンタのおかげ」という題がついています。新潟の教会にバイブル・クラスがあってそこに英語を習いにいったら、ミス・ワ一ドという若い
アメリカ女性が先生をしていた。たいへん美しい神々しい人であった。
その人に惹かれて学んで行くうちに、ミス・ワ一ドは四国の松山に転勤
されることになった。すると先生は「このバイブル・クラスの中から洗礼を受けて、信仰に入ってくれる人が出るように」と涙ながらに祈られたので、「ワ一ド先生への餞別のつもりで洗礼を受けよう」と友人たちと話し合って洗礼を受けたのだそうです。その後、まもなく教会を去った。やがて日露戦争が始まり、兄達は召集されて戦争に行った。長兄は重傷を負ってかえり、次兄は肺結核を患って帰宅して死んだ。それを看病していた姉も、結核に罹って死んだ。父は失望して死に、母は痴呆症になった。その母と小さな妹を本家に託して、今度は自分が仙台の工兵連隊に召集され、陸軍二等兵となった。入隊にあたり、上官の命令には絶対服従しますという誓約書に署名、捺印し、宗教という欄には「無宗教」と書いてハンコを押した。当時ヤソ教はロシアのスパイと思われていたし、もうキリスト教の信仰などみじんもないのだから、これでOKだと思った。
 ところがある日軍医がやつて来て、「ここに新兵の田崎健作はおるか」「ハイ、わたしであります」と直立不動の姿勢をとると、「新潟教会の牧師さんから、仙台教会の片桐先生へ、おまえの依頼状がきておる。
外出できるようになったら、日曜日の礼拝に出席するように。終わり!」
 軍医は去った。すると内務班の上等兵はただちに、「田崎、きさまは
ヤソか? きさまは宣誓のときに無宗教と書いたろう。なぜヤソをかくした?一度ヤソになったら生涯ヤソだ。つごうのよいときはヤソになり、
つごうが悪いときはヤソをやめるのは、軍人精神に反する」と叱りつけて往復ビンタの物凄い制裁を加えたので、奥歯が3本折れた。その時、自分は心の中で、よし、ヤソ教がわかってもわからなくても、一生涯を通して一貫してやると、決心したのだそうです。 また、田崎先生はこう書いています。
 「洗礼は人間が授けるのではなく、主ご自身が授けたもうのである。
一度主が鯨に打ち込まれたモリは、けっして誤りはない。モリを打ち込まれた鯨はグングン逃げる。主は逃げるにまかせて、いくらでも綱を伸ばしてくださるが、最後に鯨は力つきて浮き上がってくる、そして主の船に
収容されるのだ。落葉しきりにして、古木寒厳の景を呈したからといって樹木がみな枯れてしまったのではない。冬の大地には炎が流れている。水が地上に流れていないからといって、断水していると思ったら大まちがいである。地上の野菜や樹木が生き生きとして茂るのは、地下水のおかげだ。主は適当に導いていてくださるのだ」

サタン 引き下がれ
 [マタイ16:23]ではイエスさまがペテロを叱り付けておいでになります、

 「サタンよ、引き下がれ。わたしの邪魔をする者だ。
  あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている」と。

 人情的な人は「いくら何でも、これは言い過ぎだ。折角、イエスさまを
思いやる気持ちからペテロが言ったのだから、もう少しやわらかく戒めたら良いのに」と言いたくなるかも知れませんね。

 しかし、この場合第一に目をとめるべきは、イエス様が極めて大切な
十字架の死と復活の予告をしておいでになるのに、それがわからないで人情的にしか受け止められなかったということです。ことの重大さから
言えば、激しく言うのは当然のことで、激しく叱られて初めて目覚めることが出来たと言えるでしょう。

 第二に目をとめるべきは、叱りつけたペテロを六日後にはヤコブや、
ヨハネとともに選んで、高い山にのぼられ、イエス様の栄光の御姿を
仰がせたことです。つまり、イエスさまはペテロを愛し、信頼しておいでになったから、激しく叱ることができたのです。

 人は愛の笞を加えられることによって健全に成長するのです。危なっかしくて叱ることも出来ないような段階の人には、いたわり、いたわり、接しなければなりません。このごろはそういう人々が大変多いのですが、

 叱られてもなお、しがみついて来る人にこそ、望みがあります。

 * 30年前の神学生の渡辺 豊君は新聞配達店に住み込みで働きながら勉強し、会堂建設献金を捧げていましたが、礼拝堂の祭壇の前で
勉強のことについてわたしが静かに忠告をしていたとき、「先生、無理ですよ。先生の言うとおりにしたら死んでしまいますよ」と彼が言いました。そこでわたしは大喝一声「それでは、今すぐ、ここで死ね!」と怒鳴りつけました。彼は一瞬、跳びあがりましたが、じっとわたしの顔を見つめて、
「わかりました。努力します」と答えました。それはその場しのぎの返事ではなく、彼は誠実に自分を主にささげたのです。 こういう人には望みが
あります。彼は数年後バイクの事故で志なかばにして帰天されましたが、わたしたちに大層良い模範を残して行かれたのでした。

 皆さん、わたしたちもイエスさまから叱られ甲斐のある信徒になって
成長して行こうではありませんか。                アーメン

トップページ >> 説教 >> 箴言 >> (10) >> (11)へ進む