| 2008/5/25の礼拝説教 |
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真理を買え 箴言23:23〜26 ヤコブ3:13〜18 ヨハネ16:12〜15 皆川尚一牧師 |
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真理を買え 「真理を買え、これを売ってはならない。 知恵と教訓と悟りをも買え。 正しい人の父は大いに喜び、 知恵ある子を生む者は子のために楽しむ。 あなたの父母を楽しませ、 あなたを産んだ母を喜ばせよ。 わが子よ、あなたの心をわたしに与え、 あなたの目をわたしの道に注げ」 (箴言23:23〜26) 。 「真理を買え、これを売ってはならない。知恵と教訓と悟りをも買え」(23節)とは、何という力強い言葉でしょうか! しかし、果たして真理は代金を払って買うことの出来るものでしょうか? もしそうであるならば、貧乏人は真理を自分のものにすることが出来ず、大金持ちだけが買うことの出来るものとなります。そして、真理は金持から、別の金持に売ることが出来るものになるでしょう。 例えば、「愛は人を生かす命である」というのは、真理です。そうであるならば、わたしたちは「愛」をお金で買うことが出来るでしょうか? 多分、心ある人は、「本当の愛はお金で買うことが出来ない」と答えるでしょう。 旧約聖書の中に、こう記されています、 「愛は大水も消すことができない、 洪水もおぼれさせることができない。 もし人がその家の財産をことごとく与えて、 愛に換えようとするならば、 いたくいやしめられるでしょう」(雅歌8:7)。 また、新約聖書の中に、こう記されています、 「愛は神から出たものなのである」(Tヨハネ4:7)。 「愛さない者は、神を知らない。神は愛である」(Tヨハネ4:8)。 ですから、人は真理をお金で買うことも、売ることも出来ないのです。 従って、「真理を買え」というのはたとえであって、「真理を手に入れるためには自分から多くの努力と犠牲とを惜しまないようにせよ」という意味です。又、「これを売ってはならない」というのもたとえであって、「真理を手放してはならない」という意味です。 ただで買え また、《イザヤ書55:1〜3》にはこう記されています、 「さあ、かわいている者は、みな水にきたれ。 金(かね)のないものもきたれ。 来て買い求めて食べよ。 あなたがたは来て、 金を出さずに、ただでぶどう酒と乳とを買い求めよ。 なぜ、あなたがたは、かてにもあらぬもののために金を費やし、 飽きることもできぬもののために労するのか。 わたしに聞き従え。 そうすれば、良い物を食べることができ、 最も豊かな食物で、自分を楽しませることができる。 耳を傾け、わたしにきて聞け。 そうすれば、あなたがたは生きることができる。 わたしは、あなたがたと、とこしえの契約を立てて、 ダヒデに約束した変らない確かな恵みを与える」。 ここで、「水」、「ぶどう酒」、「乳」というのは、たとえであって、神様の恵みの契約を指しているのです。それが真理であります。そして、この「とこしえの契約」こそ、「イエス・キリストによる救いの契約」なのです。これを手に入れるための努力を惜しんではなりません。そして、その方法は難しくないのです。ただ神様に聞く、そしてその恵みを素直に受け取る事です。 河口慧海のチベット旅行 その努力の実例として、河口慧海(えかい)のことを取り上げてみたいと思います。河口慧海は1866(慶応2)年に大阪で生まれ、小学校を中退して家業の樽造りを手伝いながら夜は塾で勉強しました。シャカの伝記を読んで僧侶の厳しい禁欲生活に憧れ、またコルベー宣教師からは聖書を学び、京都の同志社に入学したが学資がつづかず中退しました。明治24年、現在の東洋大学の前身である哲学館を卒業して寺の住職になったが、1年で辞め、以後は大蔵経(だいぞうきょう)研究に没頭しました。 慧海の書いた「チベット旅行記」によると、この大蔵経研究の間に感じたことがある。それは、素人にも分かりやすい経文(きょうもん)を作りたいという考えでした。大蔵経というのは大乗(だいじょう)仏教の主な経典を全部収録した漢訳の経典ですが、サンスクリット語の原典は一つであるはずなのに、その漢訳の経文は幾つもあり、その文が同一であるべきはずのものが、同じものもあれば、また違っているものもある。甚だしい場合には全く意味が異なっているものもある。一つの訳本に出ているものが、他の訳本には出ていない場合がある。訳した人は自分の訳が原書に一致していると信じて訳したのだろうから、これは漢訳ではなく、原書を読まねばならぬと思うようになりました。しかし、今ではサンスクリット語の原典は世界中探しても全く見当たらない。欧米の東洋学者の説によると、チベット語訳が文法の上からも、意味の上からも、漢訳よりはよほど確かだという。そこで慧海はどうしてもチベットに行って、チベット語の経典を手に入れたいと決心したのです。そして、一年間は専らチベット語の勉強に熱中し、明治30年6月26日に神戸港から和泉丸に乗船してインドに向かいました。慧海32歳の夏でした。しかし、直ぐにチベットに入ることが出来ず、インドのダージリンで更に3年間チベット語を学び、カルカッタへもどってからネパールのカトマンズを経て、シナの仏僧に変装して、間道からチベットに潜入し、ラサに到着しました。チベットは19世紀後半から鎖国していたからです。ラサで一年間修行しているうちに慧海の名声が上がって日本人であることが露見してきたので、シッキム経由の公道を通ってダージリンに帰って来ました。そして日本に帰国したのは1903(明治36)年5月でありました。「チベットで大菩薩になって帰ってくる」という慧海の目的は果たせませんでしたが、思いがけなくもネパール国王から信任され、41巻のサンスクリット語の仏教経典を下賜されて本国に持ち帰ることが出来ました。凡夫のままで帰国するのは恥ずかしいと思いましたが、いや、そうではない、日本にいてもチベットにいるつもりで修行に励もうと決心して帰ってきました。彼は真理を買うことに一生をかけ、1945(昭和20)年2月24日80歳でこの世を去りました。 こころよ もどっておいで 真理を買う人の心に、神様は呼びかけています、 「わが子よ、あなたの心をわたしに与え、 あなたの目をわたしの道に注げ」(箴言23:26)と。 次に、八木重吉の詩「こころよ いっておいで」を引用します。 よい日 あかるい日 こころをてのひらへもち こころをみていたい みずのながれのように むかしはこころがかんがえたのに なんという アスファルトみたいな きょうのこころでしょう ひとつのものにこころおどる日は すべてのものはかがやいてみえる ひとつのものに絶望する日は すべてのひかりはきえて灰をみるようだ ひとよろこべど そのよろこびにわれおどらず われかなしめど わがかなしみにひとはなかず ああたれかありて おなじおもいをかたるものはなきか こころ まずしきは さいわいなり かみよ ひとすじに こころまずしくあらせたまえ こころよ では いっておいで しかし また もどっておいでね やっぱり ここがいいのだに こころよ では いっておいで 聖アウグスティヌスはその著「告白」の中でこう記しました、「神よ、あなたは私の心をあなたに向けてつくられたので、あなたの内に憩うまでは、安らぎを得ません」と。どうか神様の愛の御腕の中に心を委ねて生きて行こうではありませんか。 次回予告 08.6.1名匠となる(箴言22:29) |
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