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                                           2008/10/26の礼拝説教
  自 制 心

   箴言25:28
   ガラテヤ 5:16〜25
   ルカ 9:51〜56                 皆川尚一牧師
自制心
  「自分の心を制しない人は、
  城壁のない破れた城のようだ」
  (箴言25:28) 。


  これは、「自制心のない人は城壁の壊された裸の城に等しい」という意味ですが、自制心というのは、自分を守る城壁であり、バリアー(障害物)であります。自分の感情や欲望を抑制することは、自分を守るばかりでなく、他人をも守ります。いや、守るという以上の素晴らしい影響を周囲にもたらすのです。ガラテヤ書では「聖霊の賜物」となっています。

ヨセフの自制心
 その実例として、旧約聖書のヨセフの物語を取り上げたいと思います。 《創世記42章〜45章》をかいつまんでお話しします。  
 ヨセフがエジプトの副王となっている時、カナンの地からヨセフの10人の兄たちが食糧の買い付けに来ました。それはエジプトの周辺諸国一帯が7年の大飢饉に襲われ、エジプトにしか食糧の蓄えがなかったからです。
  ヨセフは自分を奴隷に売った兄たちが、やがて必ず食糧を買いにくるに違いないと予期していましたから、彼らの到着を知って自分の前に呼び寄せました。豪華な王服を身にまとい、あごひげを生やしたヨセフには恐ろしい威厳があり、兄たちの誰もこれがヨセフだとは気づきませんでした。 ヨセフは荒々しく語り「お前たちはエジプトの国を探りに来たスパイに違いない。3日間監禁して取り調べる」と言い渡し、監禁所にぶち込みました。そして3日目に彼らを引き出すと、「お前たちのうちひとりを人質としてここに残し、食糧をもってカナンに帰って、家に残っている末の弟を連れてきなさい。そうすればスパイでないことを信じよう」と言いました。兄弟たちは互いに語りました、「われわれには弟のことで確かに罪がある。ヨセフが泣いて助けを求めたのに奴隷に売った、あの罪の報いで今日の苦しみに遭うのだ」と。ヨセフは胸がいっぱいになりましたが自らを制して席を外し、別の部屋に行って泣いてからもどってきました。そして、シメオンを人質に取って、9人の兄たちをカナンに帰らせました。ヨセフを穴に投げ込んだのがシメオンだったからです。  
  やがて9人の兄たちは末の弟ベニヤミンを連れてエジプトに下ってきました。ヨセフは家来に彼らを自分の屋敷に連れて行かせ、宴会の支度を命じました。そしてヨセフがベニヤミンの姿を見ると亡き母の面影も重なって見えるので、胸がいっぱいになって席を外し、別の部屋で泣いてからもどって来ました。そして宴会が始まりましたが、ベニヤミンの食卓にはヨセフと妻のアセナテと二人の息子エフライムとマナセの4人からの分け前が置かれたので5人前の料理が並びました。
  宴会が終って彼らがカナンへの帰途に着くとき、ベニヤミンの袋の中にヨセフの銀の杯が入っているのが分かり、ユダは「ベニヤミンが帰らなかったならば老いた父が悲しみの余り死んでしまいます。どうかわたしをベニヤミンの身代わりとして奴隷にして下さい」とヨセフに懇願しました。
  これを聞くと、ヨセフはもう自分を抑えることが出来なくなり、急いで人払いして兄弟たちと水入らずの対面をしました。そこで、彼は初めて大きな声をあげて泣きました。「わたしはあなたがたの弟ヨセフです。父はまだ生きながらえていますか? わたしはあなたがたの弟ヨセフです。あなたがたが奴隷に売った者です。しかしわたしをここに売ったのを嘆くことも、悔やむことも要りません。神は命を救うために、あなたがたよりさきにわたしをつかわされたのです」と。

  わたしたちはこの物語の中にヨセフの自制心の素晴らしさを学ぶことができるでしょう。その効果を四つ挙げてみたいと思います。
(1) ヨセフが直ぐに兄弟だと名乗らなかったのは、兄たちの本心を知る
   のに役立ちました。ヨセフの前にいるのも知らないで、ヨセフを苦し
   め、奴隷に売った罪を悔いているのが分かったこと。
(2) ベニヤミンを助けるために、兄のユダが身代わりに奴隷になると申
   し出た、その贖いの愛に感激したこと。
(3) 父のヤコブが子供を失いたくないとの執着心を捨てて、一切を神様
   に委ね、エジプトの副王の許にベニヤミンを送ることを許したこと
   (創世記43:14)。
(4) ヨセフと10人の兄たちとの間に真の和解が生まれるに至った事。

イエス様の自制心
  新約聖書には、イエス様が自制心を示されたことが書いてあります。《ルカ9:51〜56》をご覧下さい。かいつまんで説明しますと、イエス様一行の先発隊としてガリラヤからサマリヤに入ったヤコブとヨハネは、村人から通過を拒否されました。すると彼ら兄弟は「雷の子(ボアネルゲ)」というあだ名の持ち主だけあって、「天からの火を呼び降ろしてサマリヤの村を焼き払いましょうか」とイエス様に相談しました。しかし、イエス様はこの世を裁くために来たのではなく、救うために来られたのですから、自制心を持つようにと、彼らを叱りました。それでヨハネは後で福音書の中にこう書いています。「神が御子を世につかわされたのは、世をさばくためではなく、御子によってこの世が救われるためである」(ヨハネ3:17)と。
インドネシア独立の歌
 今村均著「幽囚回顧録」によれば、終戦後、今村 均(ひとし)大将は戦犯裁判にかけられるため、インドネシアのオランダ軍監獄に収監されました。入獄二月目のある日、同じ監獄内に並ぶ独房の中に5人のインドネシア独立軍自爆隊員が収監されて来ました。看守長から日本軍最高指揮官が入っていると聞いた彼らは喜んで、その夜は監獄の中にインドネシア独立の歌「ムルデカの歌」(現在インドネシア国歌)を鳴り響かせました。この歌は国中にひろがっており、牢獄の中にも聞こえるほどでした。

   インドネシア かの地にこそ 我が身を捧ぐ
   我らは 立ち上がり 標(しるし)とならん

   インドネシア 我らの国 永遠の故郷
   今 共に叫ばん 我らがインドネシア

   輝け 大地よ 我らの仲間よ
   そして我らが祖国

   鍛えよ 心  鍛えよ 我が身
   インドネシアのために

   大インドネシア 目指せよ ムルデカ(「独立」の意)
   愛する祖国よ 大地よ

   インドネシア ラヤ ムルデカ ムルデカ
   輝け インドネシア ラヤ(「偉大」の意)

   大インドネシア 目指せよ ムルデカ
   愛する祖国よ 大地よ

   インドネシア ラヤ ムルデカ ムルデカ
   輝け インドネシア ラヤ

  この5人のうち30歳を越えた自爆隊長(中尉)が、4人の若い隊員を裏切ってオランダ軍当局に密告したために全員逮捕されたのです。自爆隊が殺したオランダ軍人の数は30人以上になったということで、軍事裁判で4人の若い隊員は死刑。裏切り隊長は10年の刑となりました。入獄当初は裏切り者が誰かはわからなかったのですが、隊長の母親が憲兵隊に自分の息子が密告したために自爆隊員4人が捕まったのだから、その功績に免じて釈放してほしいと嘆願書を提出したのです。ところがその憲兵隊に自爆隊員中最年少の17歳の混血少年の兄が憲兵として勤務していたために、密告者が隊長だということが混血少年に兄から伝えられました。その情報はたちまち他の3人の死刑囚にも伝わり、4人は自分たちが処刑される前に、監房の中で隊長を殺そうと決意しました。しかし、17歳の混血少年はシャワー室で今村大将と二人だけになったときに、計画をうちあけて言いました、「わたしはクリスチャンなので隊長を殺害するのは幾分気にかかりますが、他の3人の決意が固いのでそうなります」と。今村大将は彼に言いました、
「私の見るところではインドネシアの独立は必ず近い将来に実現する。
その暁には裏切り者の隊長は独立政府によって処刑され、君たち4人は殉国の英雄としての誉れを受けるだろう。今は絶対に隊長を殺害してはいけない。もし、それをやれば君に情報を伝えた兄さんは処罰され、関係者は皆ひどい目に遭うだろう」と。この忠告によって4人の若者たちは自制心を働かせて報復を差し控え、二ヶ月後に処刑されました。しかし、彼らは天国からインドネシアの独立を見て、「ムルデカの歌」を歌いながら喜びおどっていることであろうと今村大将は書いています。皆さん、
このようにわたしたちも自らを制して賢く生きて行こうではありませんか。
                                       アーメン
次回予告 08.11.2  猿の冠(箴言26:1,8)

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