| 2005/07/24の礼拝説教 |
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光の道
箴言4:10〜19 Tヨハネ1:5〜7 ヨハネ3:16〜21 皆川尚一牧師 |
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私を受け入れよ 「わが子よ、聞け、わたしの言葉をうけいれよ、 そうすれば、あなたの命の年は多くなる。 わたしは知恵の道をあなたに教え、 正しい道筋にあなたを導いた。 あなたが歩くとき、その歩みは妨げられず、 走る時にも、つまずくことはない。 教訓をかたくとらえて、離してはならない、 それを守れ、それはあなたの命である」 (10〜13節)。 ここに言霊の信仰が現れています。「わたしの言葉をうけいれよ」という父の言葉は、そのまま神のみ言葉です。そして神のみ言葉の中には 聖霊が宿っていますから、み言葉をうけいれる人の中には神様がやどり、神の命が充満しその人は長生きすることが出来ます。ただの長生きではなくて、希望と喜びと命にあふれた人生を生きるのです。 芥川龍之介の死 ところで今から78年前の今日、有名な大正時代の作家芥川龍之介が自殺しました。彼には「ある奉教人の死」、「羅生門」、「河童」とか、色々な作品がありますが、とくに印象的なのは、「西方の人」、「続西方の人」でしょう。これはキリストを題材としたものです。彼は「続西方の人」の中で、「わたしは四福音書の中にまざまざとわたしに呼びかけているクリストの姿を感じている」と書いています。そして昭和2年7月24日午前1時ごろに「続西方の人」の最後を「我々はエマオの旅人たちのように我々の心を燃え上がらせるクリストを求めずにいられないのであろう」という文章で結びました。それからコカインを飲み、妻と三人の子供たちが眠っている階下の寝室に行き、ふと、目を覚ました奥さんに静かな声で、「いつもの睡眠薬を飲んだよ」と答え、床の上に横たわって聖書を読みながら 死んだのだそうです。「わたしを受け入れよ」というキリストの呼びかけを聞きながら、受け入れることが出来なかった。それで、彼の残した遺書には、「健康状態が悪化し、将来に対するただぼんやりした不安を感じる」としるされていたそうです。求めていて、受け入れるにいたらなかった。 そして自殺の道をえらんでしまった。 こうした芥川龍之介の最期を思うとき、神の活けるみ言葉イエス・キリスト様を受け入れることが永遠の命であることをしみじみと知らされます。そして、彼の霊魂が陰府においてイエス様と出会い、 主を受け入れられるように祈りたいと思います。 しつこいほどの戒め 「よこしまな者の道に、はいってはならない、 悪しき者の道を歩んではならない。 それを避けよ、通ってはならない、 それを離れて進め。 かれらは悪を行わなければ 眠ることがことができず、 人をつまずかせなければ、 寝ることができず、 不正のパンを食らい、 暴虐の酒を飲むからである」(14〜17節)。 次に、ここにはしつこいほどの戒めがあります。「何もこんなにしつこく悪の道に入るなと言わなくてもいいじゃないか。こうしろとか、ああする なとか指示する聖書よりも、日本の神話や民話の方があっさりして良い」という韓国人の作家たちがいます。 「なるほど」と思えるふしもないではありません。 河童の目玉 例えば、わたしは先日札幌で、斎藤紫水さんという薩摩琵琶の奏者が子供たちに読み聞かせる「河童の目玉」という民話を聞きました。 ベンベンベンという琵琶の伴奏を入れながら、役者でもある斎藤さんの張りのある名調子の語りは素晴らしかったのです。そこで肝心なのは、その民話のストーリーですが、 《或る川の淵に太郎河童というのが住んでいたが、ある日見知らぬ男がやってきて、河童に話し掛けた。その男は殿様から「河童の甲羅を 取ってまいれ」と命じられていた。そこで河童をだましにきたのだ。「太郎河童どん、お前さんは立派な甲羅をもっているが重くて不便だろう。実はおれは下流に住む三郎河童だが、岩の上で甲羅干しをしたら甲羅が 溶けてなくなって、すごく楽になった。お前さんもこの大岩の上で甲羅干しをしたらどうかね」。すると太郎河童は素直に信じて大岩によじ登り、 かんかん照りのお陽さまの下でうつ伏せになって甲羅干しを始めた。 しかし、なかなか甲羅は溶けてなくならない。河童の頭の水も干上がり、顔も体も干からびていった。男はたびたび来ては「もう少しの辛抱だ。 がんばれ、がんばれ」と励まして帰るのだった。ある日、男が来て見ると、河童の体はみな溶けてなくなり、甲羅と二つの目玉だけが残っていた。 「しめしめ、これで甲羅はこっちのものだぞ」と男が甲羅に手をかけたとき、かぼそい声が岩のくぼみから聞こえて来た。「もうし、もう甲羅はとけたのかねえ」。みればそれは河童の二つの目玉からの声だったのだ。「キャーッ!」男は驚いて真逆様に淵の中に落ちていって、もう上がって来ることはなかった》というのです。「悪いことをすれば悪い報いが自分に返って来る」という教訓がこめられていますが、「だから決して悪いことをするなよ」とは指図しない。本人の自由な選択に任せる。これが神様のやり方です。 これに対して、聖書は「悪い道に入るな。通るな。避けろ。離れて進め」などと実にしつこく指図をするので、カルト的になる恐れがないとは言えません。しかし、悪の実態を知らず無防備に悪の誘いに乗る人々が かなりいるのもよくあることなので、過保護に見えるほどの指図も必要 なのかもしれません。 「かれらは悪を行わなければ 眠ることができず、 人をつまずかせなければ、 寝ることができず、 不正のパンを食らい、 暴虐の酒を飲むからである」(16〜17節) というような悪人たちが本当にいるからです。 例えば、「ニッポン非合法地帯」の著者北芝健は元刑事だけあって、 悪の道、暗やみの道に詳しい人です。ある日本人のファッションデザイナーの卵が勉強のためパリに行きました。とあるブティックの試着室で着替えてるとき、「あっ!」という間にマフィアにさらわれて、麻薬を打たれ、 イスタンブールの奴隷市場に売られたという話。また、東京と千葉の間にある団地で、子供のない主婦たちが朝夫を送り出し、家事を一通り済ませてボーッとしているころ、健康食品や霊感商法のおばさんが訪問して くる。何気なく相手をしているうちに、「元気が出る」と言ってただでシャブ(覚せい剤)をわけてくれる。それから、シャブなしでいられなくなって、 売春からヤクザの手に落ちていくという話。 ここにいるわたしたちには関係ないと油断しているといつ悪の罠に はまるかわからない、恐ろしい世の中なのです。 光の道 しかし有難いことに、神様の恵みによって、光の道がわたしたちの前に開かれています。 「正しい者の道は、夜明けの光のようだ、 いよいよ輝きを増して真昼となる。 悪しき人の道は暗やみのようだ、 彼らは何につまずくかを知らない」(18〜19節)。 主イエス様を信じて歩く人には、暗やみの力がやってきても、義の太陽であるキリストの恵みが臨み、昇る朝日のように祝福がまし加わって 光の道を歩くようになるのです。その実例として、戦後間もなく大磯に 「エリザベス・サンダースホーム」という混血児の孤児の施設を設立した澤田美喜のエピソ一ドがあります。澤田さんは戦後の食糧難をしのぐ ため買出しの人々がぎっしり詰まった列車に乗っていました。その時 警察の闇米取締りがあって、彼女の頭上の網棚の荷物を警官が開け ますと、中から混血児の赤ちゃんの亡骸が出てきました。 はじめ警察は澤田さんを犯人扱いしましたが、やがて疑いが晴れたとき、彼女は混血児の孤児を養う使命を神様から受けたことを知りました。そこで1949年、私財を投じて大磯の元岩崎の別邸に施設をたてました。収容された孤児の多くは日本占領アメリカ軍の黒人兵士の子供たちでした。彼女は多くの誤解や偏見と戦いながら、多い時で160人の子供たちの母代わりをつとめたので祝福の上に祝福が増し加えられたのです。 この世では、善いことをするにも多くの妨げや、苦難がありますが、 イエス様がわたしたちと共にいて支え導いて下さいますから恐れずに 光の道を歩いて行きましょう。 アーメン |
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