| 2005/01/23の礼拝説教 |
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大切な怖い人
箴言1:7〜19 Tヨハネ1:5〜10 ヨハネ10:1〜6 皆川尚一牧師 |
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主を恐れることは知識のはじめである、 愚かな者は知恵と教訓を軽んじる。 わが子よ、あなたは父の教訓を聞き、 母の教を捨ててはならない。 それらは、あなたの頭の麗しい冠となり、 あなたの首の飾りとなるからである(箴言1:7〜19)。 主を恐れること 第7節に「主を恐れることは知識のはじめである」と記されています。 「主」とはヘブライ語の原文では「ヤーウェ」であって、天地万物の創造主なる神様のことです。「恐れる」とはヘブライ語で「イルアー」と言って 「畏敬する」という意味です。その語の中には、そのほかに「信じる」とか 「愛する」とかいう意味もふくまれています。 ですから「神様を畏敬し、敬愛し、信頼する」ということが、 いっさいの知識の出発点だと言っているのです。 * 例えば、古代キリスト教会の有名な神学者アウグスティヌスがある日、「神の全能」についてしきりと考えながら海辺を散歩していました。 ふと気がつくと、海辺にひとりの少年がしゃがんでいて、小さなスプーンで海の水をすくっては陸にそそいでいました。アウグスティヌスが「何をしているの?」と尋ねると、「海の水を干そうとしているのです」と答えました。「そんな小さなスプーンで海の水を干すなんて、とても出来ないことでは ありませんか?」と尋ねると、少年は「わたしは神より遣わされた天の 使いです。あなたが神の全能について知り尽くそうとするのは、小さな スプーンで大海を干そうとするのに似ている」と言って、たちまちその姿が消えたということです。 偉大な神学者とあがめられて来たアウグスティヌスの持っていた莫大な知識も、神様の知識に比べたら万分の一にも及ばないものであると言うことを知る、それが「主を恐れること」であります。人には神様の知識の一部が啓示され、それを真理と悟って自分の中に取り入れることが出来ます。神を恐れる人は、自分の知識を絶対正しいと主張して、 意見の異なる人を徹底的に撲滅するようなことはできないでしょう。 *今から120年ほど前、ドイツにビスマルクという鉄血宰相がいました。ある日、日本のある政治家がドイツを訪問してビスマルクに会いました。その時、ビスマルクが彼に、「わたしは神のほか何者をも恐れない」と言うと、彼は、「そうですか、わたしは神をも恐れない」と胸を張って答えたという事です。これは天地万物の創造主である聖なる神を知らない日本の政治家の恥を天下にさらしたエピソードです。 しかし、ビスマルクは本当に「神を恐れる人」であったのでしょうか? 彼は8年に亘る文化闘争によって「ローマと手を切れ」を標語として、 反ローマ・カトリック教会闘争を展開しました。そして、カトリック聖職者 たちを監禁し、カトリック教会を閉鎖し、カトリックの諸団体を解散させ、すべてのカトリックの資産を差し押さえて国有化したのです。その政治的強行策がやがて裏目に出ました。それはドイツ国会議員の選挙においてカトリックの議員が多数を占める結果となり、ビスマルクはローマ教皇 レオ13世に対して、「父よ!」と呼びかける謝罪の手紙を送って弾圧政策の変更を表明することになりました。信仰の問題は政治の力で解決できるものではない事をビスマルクは学んだのです。大切な怖い人の第一人者は神様であります。 ここに、「愚かな者は、知恵と教訓を軽んじる」とありますが、失敗を 通して、人は賢く生きる道、すなわち「神を恐れる道」を学んで成長して 行くのでしょう。 父の教訓、母の教 次の第8節に、「わが子よ、あなたは父の教訓(ムサール)を聞き、 母の教(トーラー)を捨ててはならない」と記されています。 「大切な怖い人」の二番目は、父と母です。理想的な父と母は、実際にはなかなかいないかも知れませんが、神様が与えて下さった子供を愛して養育する責任は、どんな父母にもあるのです。父と母は不完全であっても何ほどか神様の代理として子供を養い導いてくれます。聖書の中で教えられているのは家庭教育がすべての教育の土台であるということです。 * 先ず、父の教訓の実例として、相対性理論の物理学者アルバート・アインシュタインの話があります。少年時代のことです。 ドイツのミュンヘンの小学校で休み時間に、一人の少年が校庭に落ちていた釘を拾ってポケットにしまいました。すると、通りかかった教師が 不審に思って尋ねました。 「アルバート、何を拾ったんだい」。 少年は微笑みながら先生の顔を見上げて言いました。 「先生、釘を拾ったんです。もし、だれかが踏んでけがをすると いけないと思いました」。 教師は黙って釘を受けとると憎しみのこもった声で集まって来た 生徒たちに言いました。 「この釘でユダヤ人はキリストを十字架にかけたのだ」と。 この教師は日頃からユダヤ人を憎んでアルバートにつらく当たっていたのです。彼はみんなの冷たい視線を浴びると、泣きながら家に帰って父親に訴えました。黙って聞いていた父は、やがて静かに彼を諭しました、 「くやしいかい。くやしかったら勉強するんだよ。立派な学者になれるようにね。学問には国境も人種も、民族もないんだ。世界の人々のためになる学者になれば、ドイツ人だってきっとお前を尊敬するようになるよ」。 この父の教訓が彼を世界的な物理学者へと育て上げたと言えるでしょう。 さて、次は母の教の実例です。日本人の中江藤樹の母です。 * 中江藤樹は江戸時代初期の儒者で日本陽明学の祖と呼ばれる人ですが、キリスト教の影響を受けていたとも言われます。彼は通称を 与右衛門(よえもん)と言い、近江の国・琵琶湖西岸の高島郡小川村に生まれ、伊予大洲(いよおおず)藩の祖父の家で育てられました。 ある日、祖父から手渡された母からの手紙に、冬であかぎれが切れて 困っていると書いてあるのを見て、いたたまれず、与右衛門があかぎれの薬を求めて歩き回りました。そして、やっと手に入れると一日も早く 母上に届けたいと遠路遥々近江の国小川村のわが家に訪ねて行きました。母は井戸端で一心に洗い物をしていましたが、「母上!」と呼ぶ声に振り返って与右衛門を見ると涙をこぼして薬を受け取りました。 しかし、その涙をふり払って母は言いました、「そなたは学もし成らずんば死すとも帰らずとこの母に誓った言葉を忘れたのか。一刻も早く伊予に帰りなさい」と。彼は母の叱責に胸をつかれて、言いました、 「母上の仰せのごとく学に励むがわたしの務め、それを怠ったのはわたしの落度です。さっそく立ち戻り勉学にいそしみます」と答えて、家にも 上がらず去って行ったということです。やがて儒学をもって身を立てて 大洲藩に仕えましたが、母への孝養のため26才の時脱藩して小川村に帰り、陽明学の教育と実践によって、世の人々から「近江聖人」と呼ばれて慕われる人になりました。 大切な怖い人 だれでも、大切な怖い人を持っている人は幸せです。父、母、夫、妻、兄弟、姉妹、牧師、友人、先輩、その他、本当のことを言って戒め、慰め、励ましてくれる人は貴重な存在だと言わねばなりません。多分、わたしたちは、そうした人々を通して、神の声をきくのではないでしょうか。 ≪ヨハネによる福音書10:2〜5≫を見て下さい。 「門からはいる者は、羊の羊飼である。門番は彼のために門を開き、羊は彼の声を聞く。そして彼は自分の羊の名をよんで連れ出す。自分の羊をみな出してしまうと、彼は羊の先頭に立って行く。羊はその声を知っているので、彼について行くのである。ほかの人には、ついて行かないで逃げ去る。その人の声を知らないからである」。 神の声は人類の大牧者イエス様を通してひびきます。 イエス様こそ私たちみんなの「大切な怖い人」です。 アーメン |
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