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                                          2005/07/31の礼拝説教
  心を守れ

   箴言4:20〜27
   Tペテロ3:13〜17
   マタイ15:10〜20                皆川尚一牧師
良い種をまく
  「わが子よ、わたしの言葉を心にとめ、
  わたしの語ることに耳を傾けよ。
  それをあなたの目から離さず、
  あなたの心のうちに守れ」(20〜21節)。

 今日は、北大の前身である札幌農学校の創設に寄与したウイリアム・クラーク博士の生まれた日です。クラークさんは当時アメリカのマサチューセッツ農科大学の学長でしたが、そこに在職中のまま、日本政府の
招きで札幌農学校の教頭として赴任しました。在職期間は一年に満たない短期間でしたが、学生たちに与えた良い影響は非常に大きかったのです。彼の残した有名な言葉が二つあります。彼は農学校に規則を作らないことを主張し、ただ、「ビー・ジェントルマン(紳士であれ)」と諭しました。また、学生たちとの別れに臨んで言った言葉は、「ボーイズ・ビー・アンビシャス・イン・クライスト(少年よ、キリストにあって、大志を抱け)」でした。その後の日本社会では、この「キリストにあって」が外されて、若者たちに「立身出世の夢を持て」と励ますことばのように伝えられましたが、クラークさんの強調したかったのは、「キリストにあって」の一句であったと思います。この言葉は札幌農学校の学生のひとりであった新渡戸稲造(にとべいなぞう)の心に「われ、太平洋の掛け橋たらん」との大志を与えることになったのでした。新渡戸さんはクエーカー派のクリスチャンとなり、日本とアメリカとを結ぶ平和の掛け橋となることを志したのです。

 さて、大志を抱くと言っても、一時抱くのはだれにでも出来ますが、実現するまで抱き続けるのは容易なことではありません。この御言葉にあるように、心にとめる、耳を傾ける、目から離さず、心のうちに守る、という努力が必要です。心の畑に水をやり、肥料をやることも必要です。

 日本には昔から多くの諺、金言、名句が伝えられていますが、そうした良い言葉を心に蓄えるのも役に立ちます。

 昔、相模大野教会の長老であった町田喜平は、わたしの姉の主人ですが、姉と結婚した頃、海軍の下士官でした。前橋の田舎の農家から志願兵として日本海軍に入りましたが、彼の心には沢山の金言が蓄えられていて、必要に応じてどんどん出て来るのです。母がひそかに「金言小僧」なんてあだ名をつけていましたが、例えば「急がば回れ」とか、「ならぬ堪忍、するが堪忍」とか、「可愛い子には、旅をさせよ」とか色々あります。そして、彼がやがて横須賀の救世軍でクリスチャンになってからは、箴言をどんどん暗記して心の糧にしましたので、聖書の御言葉が必要に応じて出てくるようになりました。これはすごいことです。自分のためにも他人のためにも、大いに役立ちます。

み言葉は健康に役立つ
 次に「それは、これを得る者の命であり、
またその全身を健やかにするからである」(22節)とありますように、
み言葉は健康に役立つのです。

 わたしのところには、夜遅くに悩んでいる人たちからよく電話がかかってきます。そういう人には、先ずお話を聞いてから、「人はだれでも天地万物を造られた神さまから出てきて、また神様の許に帰って行くこと、
偉大な神様の愛に抱かれ、見守られていること、だから赤ちゃんが
お母さんを呼ぶように神様を呼べば、神様は答えて下さるということを
実例を挙げて話します。そして、神のみ言葉である聖書を読むこと。
まず、詩篇と箴言とを読むこと。
それに、鈴木秀子さんの「今日幸せになる171の言葉」を読むように
勧めるのです。最後に、ヨハネ福音書3章16節

 「神はその独り子を賜うほどにこの世を愛してくださった。
  それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、
  永遠の命を得るためである」で結びます。

 人はだれでも、孤独と絶望によって心が弱り、心が弱ると体が弱って
行きます。しかし、「わたしは神様に愛されており、使命を与えられて
天からこの世に来たのだ」という事実に目覚めれば、孤独も絶望も
癒されて、前向きに生きて行く力が湧いてきます。
「まだまだわたしの人生は終わりではない。
ひと花もふた花も咲かせることが出来る」と生きがいが生じます。

 精神科医の斎藤茂太さんは今年90才ですが、なかなか元気の良い人で、「いくつになっても輝いている人の共通点」(祥伝社・黄金文庫)という小さな本を書いています。その本のまえがきの中にヒントがありました。
「毎日が楽しく、希望にみちている。仕事が面白い。ユーモアが好きで、いつもニコニコ笑っている。怒っている姿を見たことがない。そういう人
だから、その人の周りはいつも明るい。こういう人は病気にかかりにくく、万一病気になっても治りが早い。入院という事態になっても、それを楽しんでしまう。何を食べてもおいしく感じられ、布団に入ればすぐに熟睡できる。そして朝がくれば爽やかに目覚め、また活動的な一日を送る」
これが輝いている人の共通点だというのです。

神様のみ言葉にはあなたを輝いた人にする力があります。

心を守れ
 「油断することなく、あなたの心を守れ、
  命の泉は、ここから流れ出るからである。
  曲がった言葉をあなたから捨て去り、
  よこしまな談話をあなたから遠ざけよ。
  あなたの目はまっすぐに正面を見、
  あなたのまぶたはあなたの前を、
  まっすぐに見よ。 あなたの足の道に気をつけよ、
  そうすれば、あなたのすべての道は安全である。
  右にも左にも迷い出てはならない、
  あなたの足を悪から離れさせよ」(23〜27節)。

 このみ言葉の実例とも見られる出来事をご紹介したいと思います。

 先週、わたしのところに突然一冊の本が送られて来ました。
それは「新しい奇跡の命」というのです。その中に南米のある大聖会で
起ったこんな出来事が書いてありました。ひとりのスリの男が大きな木の下に隠れて隙を窺がっていました。その男は冷淡で酒とギャンブルに
夢中になって、家庭内暴力がひどいので、妻も子供たちも家から逃げ出して大群衆の中にまぎれこんでいました。するとメッセージの最中に大きな木の上からスリの男を呼ぶ声が聞こえて来ました。「リカルド、わたしはイエスです。わたしに従ってきなさい」と。彼はびっくりして逃げ出そうとしました。すると、その瞬間、また「リカルド、わたしはイエスです。わたしに従って来なさい」と言う声が聞こえました。彼はその時、自分の罪深さと、自分を愛してくれる救い主イエス様の愛を知り、地面に倒れ伏して悔い改め、泣きながら壇の上に登ってきて、告白しました。その彼の姿を見た奥さんと子供たちは壇の上に登ってきて、泣きながら喜び、受けいれ
合いました。リカルドは初めからスリではなかったのです。彼が道を踏み外したのは、悪い友達と仲良くなって、酒とギャンブルに溺れ、曲がった言葉や、よこしまな談話を楽しんで、心の泉をけがしました。そして仕事を失い、絶望的になって家族に暴力を振るうようになったのです。何も
かもこのみ言葉の通りでした。しかし、彼の救い主であり、永遠の真実な友であるイエス様が声をかけてくださったので、彼はまっすぐな道に立ち帰ることができました。リカルドは家族と一緒に教会の礼拝に出るようになり、クリスチャンの仲間に囲まれて命の道をあるく人に変えられました。
 このように、「油断することなく、あなたの心を守れ」とは神様の愛の
戒めです。                              アーメン

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