| 2006/07/30の礼拝説教 |
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富を得る道
箴言13:11〜12 ピリピ4:10〜13 マタイ19:16〜22 皆川尚一牧師 |
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急いで得た富は減る、 少しずつたくわえる者はそれを増すことができる。 望みを得ることが長びくときは、心を悩ます、 願いがかなうときは、命の木を得たようだ (箴言13:11〜12)。 急いで得た富 《11節前半》に「急いで得た富は減る」とありますが、その意味は宝くじや、ギャンブル、先物取引、株のようなもので大金を儲けた場合、有り難味が少なくて、つまらないことにどんどん金を使ってしまうので減り方が 速いということです。わたしの祖父の皆川良介は生糸の相場で大金持ちになりましたが、先物取引のために岩手県の藤沢町から東北線で東京、横浜まで乗ってくる間に相場が変動して無一物になったそうです。 日本の諺にも、「悪銭身につかず」というのがあります。これは不正な手段で手に入れた金は急速に減っていくということです。「あぶく銭は 身につかず、盗人は盗みによって金持ちになれぬ」とも言います。 富は急速に減る 又、この聖句には別の読み方があります。ヘブライ語の「メヘベル」 (息のように)を富の修飾語ではなく、「イムアット」(減少する)の修飾語とすれば、「富は吐く息のようにはかなく減っていく」と訳すことが出来ます。つまり財産そのものが空しく、あてにならないものだというのです。 箴言の他の箇所では「富を得ようと苦労してはならない、かしこく思いとどまるがよい。あなたの目をそれにとめると、それはない。富はたちまち自ら翼を生じて、わしのように天に飛び去るからである」(23:4〜5)と記されています。ここでは急いで得た富ではなく揺るぎない財産を受け継いで栄えている財産家の場合であっても同様だというのです。 例えば、以前お話したことがある、白州次郎の白州家は三田藩(さんだ)藩の家老をつとめた家柄で財産家でした。それが明治維新のあと、神戸に白州商店を経営して正真正銘(しょうしんしょうめい)の大富豪となって明治から大正、昭和に掛けて大いに繁栄しました。しかし、昭和2年の金融大恐慌(きょうこう)により29銀行が休業に追い込まれ、その中のメインバンクとも言うべき15銀行を頼りにしていた白州商店は倒産に追い込まれたのです。その結果、白州家の富は翼を生じて天に飛び去ってしまいました。 いずれにしても《11節前半》には富について消極的、否定的な見方がしるされています。 富を得る道 しかし、《13章11節後半》では、堅実に富を得る道が書いてありま す。 「少しずつたくわえる者はそれを増すことができる」というのです。 この聖句はヘブライ語の直訳では、「手でもって集める者は」となっています。毎日自分の手を働かせて仕事をし、少しずつ収入を蓄えていくならば富を堅実に蓄えることが出来るというのです。そのためには忍耐、 勤勉、忠実、そして人からの信用が必要です。 今一つ、富を得るのに必要な条件は、その富を何のために使うのかということです。ただ蓄えるだけの人は守銭奴(しゅせんど)という金の奴隷になり下がります。又、自分の楽しみのためだけに使うのであれば守銭奴と同じです。 例えば、ユダヤ系アメリカ人の財政家、経済学者のバーナード・バルックは、若いころ株で百万ドルもうけました。彼は故郷の父親に声を弾ませて電話をかけて、「お父さん、僕はたった今、百万ドル儲けたんですよ」と告げました。すると電話の向こうの父親は言いました、「バーナード、お前はその金をどうするつもりなんだね?」。この父親の質問からバーナードはお金をもうけることよりも、どう使うかの方が大切なんだと悟ったのでした。 神と人とのために大胆に儲け、大胆に使おうとする人に神様は富をお授けになるでしょう。 日露戦争の勝利 次の《12節》を見て下さい。 「望みを得ることが長びくときは、心を悩ます、 願いがかなうはときは、命の木を得たようだ」。 この聖句を《11節》と関連したものとすれば、「必要なお金が得られないで悩みぬき、弱り果てている時に、願いがかなうならば、生き返った気持ちがする」と言い換えても良いでしょう。 この実例として、わたしは日露戦争に勝利をもたらした日本銀行副総裁高橋是清(これきよ)の命がけの努力を取り上げたいと思います。 日露戦争はあたかも巨人と小人の戦いのようで、日本が負けるのは 当然と思われていました。しかし、どんなに戦いたくなくても戦わねばならなくなる時があります。明治37年2月に旅順港外で日露海軍が戦いの火蓋を切ったとき、日本には十分な戦費がなく、どうしても海外に調達に行かねばなりませんでした。ちょうど「泥棒を捕まえてから縄をなう」という諺のようでした。そこでときの日銀副総裁高橋是清は先ずアメリカに渡って、金融業者の間を走り回って日本の国債を売り込むために渾身(こんしん)の努力を傾けましたが、だれも買ってはくれませんでした。高橋は深い失意を味わって、次の目的地イギリスに渡りました。彼は銀行から銀行へと一ヶ月以上も滞在して走り回り、目標額一千万ポンドの半分の五百万ポンドを売り込むことができました。しかし、これでもまだ足りません。高橋は焦りました。と、その時彼の友人のイギリス人の銀行家が 自分の邸宅で開いた晩餐会に彼を招いてくれました。そのとき高橋の隣の席に座ったヤコブ・シフというユダヤ人の銀行家が、残りの五百万ポンドを引き受けてくれたのです。高橋是清は狂喜しました。シフはそれだけでなく、アメリカを初め全世界のユダヤ人に日本の戦時国債を買うように呼びかけてくれました。そのおかげで日本が日露戦争の戦費を賄(まかな)うために海外で発行した戦時国債の半分以上を、ユダヤ人が引き受けてくれたのです。 「望みを得ることが長びくときは、心を悩ます、 願いがかなうときは、命の木を得たようだ」 とはまさにこのことでありました。シフは日露戦争が終わった翌年に、 日本政府から招待されて日本を訪れ、明治天皇から宮中において親しく陪食(ばいしょく)の栄を賜わり、最高勲章を贈られました。 富を使う道 これはまさしく、富を得るためには全力をつくして働く必要があり、その目的を達するまで日々に努力するならば、不可能と見える場合にも神様の備えられた助け手が現われるという証しではないでしょうか。 最後に《ピリピ4:12〜13》を読みます。 「わたしは貧に処する道を知っており、富におる道も知っている。 わたしは飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、 ありとあらゆる境遇に処する秘訣を心得ている。 わたしを強くして下さるかたによって、 何事でもすることができる」アーメン。 使徒パウロは小アジアのキリキヤ州の首都タルソで裕福なユダヤ人の家に生まれ育ちました。成人してからは結婚し、子供もおり、ユダヤ70人議会議員のひとりとして裕福な生活をしていましたから、「富におる道を知っている」と言ったのだと思います。しかし、キリストを信じて主から使徒のひとりに任じられてからは、家を出て世界伝道の旅にのぼり貧乏のドン底に落ち、生死の境をさまようこともたびたびでした。だから「貧に処する道を知っている」と言ったのです。彼がありとあらゆる境遇に処する秘訣というのは、「わたしを強くして下さる方(キリスト様)によって何事でもすることが出来る」という信仰です。これさえあれば大丈夫なんです。 金があればあるだけ、なければ無いだけ、 その範囲で精一杯やれることをやれば良い。何もクリスチャンだからといってチマチマ生きる必要はありません。必要なお金は大胆にイエス様に祈り求めればいいんです。主はきっとあなたを強くして下さるでしょう。 アーメン |
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