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                                           2006/10/15の礼拝説教
  言葉はブーメラン

   箴言14:3
   ローマ10:5〜10
   マタイ14:22〜34                皆川尚一牧師
言葉はブーメラン
  「愚かな者の言葉は自分の背にむちを当てる、
  知恵ある者のくちびるはその身を守る」 (箴言14:3)。
先ず、言葉の意味から考えますと、ヘブライ語の原文を直訳すれば、
  「愚かな者の口には傲慢の杖、
  しかし、知恵ある者たちの唇は彼らを守る」
となります。そこで一行目には、二通りの意訳がつけられるのです。
  (1)「愚かな者の口から傲慢な言葉が杖のように突き出る」。
  (2){愚かな者の口から出る傲慢な言葉は彼を鞭打つ}。
これはどちらかを採るのではなく、どちらの意味も含まれていると考えられます。つまり、愚かな者たちから突き出る傲慢な言葉は、結局は自分に返ってきて、自分を打つむちになるからです。これは、あたかもブーメランのようなものです。ブーメランはぐるっと回って投げた人に返ってきます。
  それは、愚者の傲慢な言葉だけでなく、知者の賢い言葉にも言える
真理です。人の口から発せられる言葉は、悪い言葉も善い言葉もブーメランのように自分に返ってくるのです。

ナバルとアビガイル
 その好い実例が、ナバルとアビガイルでしょう《サムエル上25:2〜42》。
ナバルは裕福な人であって、カルメル山で羊3000頭、やぎ1000頭を飼っていました。ナバルはその名の通り愚かで、粗野で、強情な性格の持ち主でしたが、妻のアビガイルは賢くて美しい人でした。
  ダビデは妬みに狂ったサウル王のもとを逃れ出てから、荒野で600人の従者と一緒に住んでいましたが、このときはナバルの羊たちを外敵から守る働きをしていました。
  ある日、ナバルは羊の毛を刈る収穫祭をやっていたので、ダビデは
自分たちの働きに対する正当な報酬を与えて欲しいと10人の従者を
使者としてナバルの許に遣わしました。しかし、ナバルは祝い酒に酔っ
払って管を巻きました。
  「ダビデとはだれか。エッサイの子とはだれか。
   このごろは主人を捨てて逃げるしもべが多い。
   どうしてわたしのパンと水、またわたしの羊の毛を切るために
   ほふった肉をとって、どこからきたのかわからない人々に
   与えることができようか」。
  ダビデはサウル王の娘婿であり、連戦連勝の将軍としてイスラエル人はもとよ り近隣諸国にその名がとどろいた隠れもない勇士であるのに、「どこの馬の骨かわからないやつ」とナバルが言ったのは、ダビデを辱めただけでなく、その父の名をも辱めたものです。ただで済むはずがありません。この報告を従者から聞くと、ダビデは直ちにナバルを討つことを
決意し、200人に荷物を守らせ、400人の兵士を率いてナバルの許へと急ぎました。
  一方、夫の暴言を聞いたアビガイルは急いでダビデに対する贈り物を用意し、夫には何も言わずにしもべたちを連れてダビデの許へと急ぎました。そして、途中でダビデと出会い、地にひれ伏してダビデに赦しを
乞い求めました。これが驚くべき知恵の言葉だったのです。
  「わが君よ、このとがをわたしだけに負わせて下さい。わが君よ、どうぞ、このよこしまな(ベリアル=悪魔)人ナバルのことを気にかけないで
ください。 あの人はその名の通り愚か者です。主は生きておられます。また、あなたは生きておられます。主は、あなたがきて血を流し、また
手ずから、あだを報いるのをとどめられました。どうぞ今、あなたの敵、およびわが君に害を加えようとする者はナバルのごとくになりますよう
に。今、あなたの仕え女が、わが君に携えてきた贈り物を、わが君に従う若者たちに与えてください。どうぞはしためのとがを許してください。主は必ずわが君のために確かな家を造られるでしょう。わが君が主の戦をたたかい、またこの世に生きながらえられる間、あなたのうちに悪いことが見出されないからです。たとい人が立ってあなたの命を求めても、わが君の命は、生きている者の束にたばねられて、あなたの神、主のもとに守られるでしょう。いかし主はあなたの敵の命を石投げの中から投げるように、投げ捨てられるでしょう。そして主があなたについて語られた良いことをわが君に行い、あなたをイスラエルの司に任じられる時、あなたがゆえなく血を流し、またわが君がみずからあだを報いたということで、それがあなたのつまずきとなり、またわが君の心の責めとなることのないようにしてください。主がわが君を良くせられる時、このはしためを思い
だしてください」。 このアビガイルの言葉は、単なる命乞いではなく、また卑しいへつらいごとでもなく、ダビデが神の預言の通りにイスラエルの王となることを信じて忠告する知恵の言葉でした。それによってダビデは
復讐を思いとどまりました。まさに、知恵の言葉が彼らを守ったのです。
  しかし、何も知らなかったナバルは翌朝酔いがさめたとき、妻からこのことを聞いて驚愕のあまり心が死んで石のようになり、10日ほど後に
死にました。まさに「彼の愚かな言葉が彼を撃った」のです。
  その後、アビガイルは迎えられてダビデの妻となりました。

天使と兄弟エリア
  では、次に別の例をお話ししましょう。「聖フランシスコの小さき花」に記されているエピソードです。
  まだフランシスコの修道会が小さな群れであったころのことです。フランシスコが森の中で祈りに身も心もゆだねていました。するとそこに美しい若者が何かを告げるために来ましたが、祈りに没頭しているフランシスコを見ると、話しかけるのをやめて、兄弟たちが宿っている家を訪ねました。若者が、ドン、ドン、ドン、ドンとせっかちに戸を叩くと、兄弟たちは顔をしかめて、「礼儀を知らないやつだ」と言って、だれも出ようとしませんでした。若者が更に激しく戸を叩くので、兄弟マッセオが戸をあけて
言いました、「ノックするときには、もっと礼儀正しく叩きなさい」。「どう叩いたら良いのですか」。「トン、トン、トンと静かに三つ叩くのです。ところでご用件は何ですか?」「フランシスコの代理の兄弟エリアにお話ししたいのです」。
  そこで兄弟マッセオが戸を閉めて、兄弟エリアを呼びに行きました。
しかし、エリアは「礼儀知らずの若者になんか会う気になれない」と言って動こうとしません。手間どっていると、外の若者はまたも、ドン、ドン、
ドン、ドンと激しくノックし始めました。仕方なくエリアがドアのそばに行って荒々しくドアを開けて叫びました、「いったい、何の用だ!」。
  すると若者は言いました、「ではお尋ねしますが、キリストが弟子たちにお命じになったとおり、何でも出されたものを食べるのは正しいことですか? また、福音の中で言われる自由に逆らって、何かを命ずることは許されているのですか?」 兄弟エリアは傲慢な態度で言いました、
「それくらいのことは、わたしだって知っているが、お前と話そうとは思わない」と。すると若者が言いました、「わたしのほうが、その問題については、あなたより良く答えられますがね」。
  兄弟エリアはカッとなって、バタンと戸を閉じて自分の部屋にもどって考え込みましたが、疑問が起こるばかりで答がみつかりませんでした。
というのは、彼はフランシスコの代理として勝手に「肉を食べてはいけない」という規則をつくっていたからです。エリアは仕方なくあの若者に正しい答を教えてもらおうと思って、もう一度戸をあけてみましたが、だれも
いませんでした。
  この一部始終は、森の中で祈っていたフランシスコに神様から啓示されていました。彼は森から家に帰ると、エリアを叱りました、「あなたは、とんでもないことをしましたね。あなたが傲慢であったため、せっかく天使が教えに来てくれたのに、追い返してしまったのです。わたしは、あなたがその傲慢のために、この修道会を離れて死ぬのではないかと心配です」。その後、フランシスコが彼に預言したことは事実となり、彼は修道会を離れて亡くなりました。
  その若者の天使は、今度は遠方から帰ってくる兄弟ベルナルドの傍に現れました。その時ベルナルドは大きな河を前にして渡ることが出来なくて困っていたのです。若者が彼に「なぜ渡らないのですか?」と尋ねる
と、「見たところ深い河のようなので怖いのです」と言いました。
「では、わたしと一緒に渡りましょう」と言われて、ベルナルドが彼の手を握ると、アッと言う間に河を越えることが出来ました。このように、信仰はその人を救います。

信ずる者は救われる
  これに似た話が福音書の中にありますね。
そうです、ペテロのことです。 《マタイ14:22〜33》を見てください。
  激しい風と波に荒れるガリラヤ湖の上をイエス様が歩いて弟子たちの舟に近づいたとき、ペテロが言いました、「主よ、あなたでしたか。では、わたしに命じて、水の上を渡ってみもとに行かせてください」と。「おいでなさい」というイエス様のお言葉を信じて、ペテロは波の上を歩いてイエス様のところに行きました。しかし途中で、風を見て恐ろしくなって、溺れかけ、「主よ、お助けください」と叫びました。するとイエス様はすぐ手を伸ばして彼を掴まえていわれました、「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」と。

  このように、信仰の言葉はあなたを救います。あなたがどんなに弱い人でも、イエス様の御言葉に支えられて行動するときには奇跡が起こるのです。あなたが発した信仰の言葉があなたを救います。
  これに反して、あなたから出る不信仰な言葉や、妬みと呪いの言葉や、思いは、ブーメランのように必ずあなたに返ってくるでしょう。
  わたしは三月に脳梗塞で倒れてから七ヶ月ぶりに札幌伝道に行って、無事に帰って来ました。そして今回もイエス様からの預言を頂きました。
「私が三月に『何も心配することはない。あなたは必ずこれまで通り元気になって働けるようになる』とあなたに言った通り、そうなった。
あなたは日本の預言者として更に働き続けるであろう」と。
御言葉を信じて歩みましょう。                     アーメン

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