| 2007/1/21の礼拝説教 |
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善は悪に勝つ 箴言14:19 ローマ12:21 ルカ 6:27〜31 皆川尚一牧師 |
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悪人は善人の前にひれ伏す 「悪人は善人の前にひれ伏し、 悪しき者は正しい者の門にひれ伏す」 (箴言14:19)。 先ず、この聖句の用語について解説したいと思います。 第1行目の「悪人(ラーイーム)」と、「善人(トービーム)」とは、ヘブライ語ではいずれも広い意味での道徳的な善悪を指している言葉です。しか し、第二行目の「悪しき者(レシャイーム)」と、「正しい者(ツァディック)」とは、「神に逆らう者」と、「神に従う者」を意味しますから、宗教的、信仰的な意味での善悪なので、用語としては「不義なる者」と「義人」と訳すべきだと思います。そこでわたしが訳し変えるとこうなります。 「悪人は善人の前にひれ伏し、 不義なる者は義人の前にひれ伏す」。 これは果たして本当のことでしょうか? 力は正義なり 「悪人は善人の前にひれ伏す」という実例は色々ありますが、わたしは今日は日本の戦国時代の武将斉藤道三(どうさん)と織田信長を取り上げて見たいと思います。 司馬遼太郎著「国盗り物語」によれば、斉藤道三は己れの知恵と才覚と金と力で美濃の国主土岐(とき)氏を追放し、自ら美濃の国の国主と なりました。そして最愛の独り娘の濃姫(のうひめ)を隣国の織田信長に嫁がせました。その時、道三は娘に短刀を渡し、「信長はうつけ(馬鹿)者だから、きっとそなたは嫌いになるだろう。その時には彼をこの短刀で刺せ」と命じました。これに対し、濃姫は「もしかしたらこの短刀は父上を刺すものとなるかも知れません」と答えました。戦国時代は強い者が勝 つ、「力は正義なり」という倫理観が通用していた時代でした。 ある日、道三は世間で「うつけ者」という評判の信長に直接会って見たいと思いました。そして美濃と尾張両国の境にある中立地帯「富田(とみた)の庄」の正徳寺で会見することになりました。その日道三は千人の 武装兵と共に早めに正徳寺に到着し、ひそかに信長が来る道の途中にある百姓家に隠れて、見物することにしました。やがて信長の行列が近づいて来ました。尾張の軍勢の足取りは恐ろしく速くて力強く、どどどどっと大地を踏みしめて迫って来ます。先陣には槍隊が三間柄の長槍五百本を押し立て、後陣には鉄砲隊が五百挺の鉄砲をきらめかしています。当時は未だ鉄砲を評価する武将は少なく、道三も大した数は揃えていませんでしたから、尾張勢の軍事力に道三は圧倒されました。ところが 中軍にあって馬に乗る信長は浴衣を着て髪は茶せんまげを萌黄の紐で巻き、腰に荒縄をぐるぐる巻きにして瓢箪やら何やらいくつもの袋をぶら下げ、袴は虎皮と豹皮の短か袴という出で立ちでした。道三もその家臣も信長を侮って寺にもどり、道三は礼装をやめて、平服に袖なし羽織と いう軽装で会見の場の本堂に座っていると、そこに現れた信長は髪を つややかな折り髷に結い直し、褐色の長袖、長袴をはき、小さ刀を前半にぴたりと帯び、見事な若殿ぶりでありました。信長が「上総介でござる」と挨拶すると道三は不機嫌な沈黙を守り、終始無言で前に出された湯漬けを食べただけで別れたのでした。ときに信長は20歳でした。 あとで道三は家臣たちに言いました、「やがておれの子供たちは、 あのたわけ殿の門前に馬をつなぐことになるだろう」と。これは門前に ひれ伏すのと同じ意味です。この予言は的中し、道三はわが子義竜(よしたつ)に殺され、その子竜興(たつおき)は信長と戦って敗れ、琵琶湖のあたりに逃れました。この時の信長の戦の大義は、「道三が生前すでに信長に美濃の国を譲るという遺書を記していたこと」と、「道三のあだ討ちをする」という二点でした。 しかし、理由などは何とでも付けられるのです。要するに「力は正義なり」、「勝てば官軍、負ければ賊軍」です。善と言い、悪と言っても絶対正しいという基準がありません。時代によって善悪の基準は変わります。 近代の欧米列強諸国は帝国主義を掲げて、未開野蛮な地域を征服 し、植民地化し、文明開化をもたらすのが善だ、正義だと一方的に主張しました。しかし、彼らの文明は人類をも自然をも破壊する悪であり、 不義であることがだんだん分かってきました。 一方、資本主義・帝国主義を悪として戦う共産主義・社会主義が出て来て、善と正義を主張しましたが、共産主義諸国は少数の指導者階級の独裁政治によって無数の人々を殺しまくり、大多数の民衆が貧困に あえぎ、少数の支配階級が富むだけという不義を暴露しました。そして 勝った者が、実は負けていたのです。 善悪の基は神 ですから人間的な基準で時代と共に変わる善悪ではなく、神様が唯一絶対の善であり、義であることを先ず認める必要があります。従って神の御心こそが絶対の善であり、義であって、それに従う事が人間の義で あります。 従って神様の御心に従わず、逆らうことが不義であり、悪であります。 では、神様の御心とは何でしょうか? 神様の御心とは何か 聖書には神の律法が沢山記されていますが、イエス様はそれを二つに要約して言われました、「心をつくし、精神をつくし、思いをつくして主なるあなたの神を愛せよ」。そして今一つは「自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ」。この二つであると(マタイ22:34〜40)。 また、イエス様は言われました、「敵を愛し、憎む者に親切にせよ。 呪う者を祝福し、はずかしめる者のために祈れ。あなたの頬を打つ者にはほかの頬をも向けてやり、あなたの上着を奪い取る者には下着をも 拒むな」(ルカ6:27〜29)。 また、旧約聖書エゼキエル書にはこうあります、「主なる神は言われ る、わたしは悪人の死を好まない。むしろ彼がその行いを離れて生きることを好む。〜中略〜イスラエルの家よ、あなたがたはどうして死んでよかろうか。わたしは何びとの死をも喜ばないのであると、主なる神は言われる。それゆえ、あなたがたはひるがえって生きよ」(18:23〜32)。 ですから、皆さん。神様の御心はわたしたちが神様を尊敬し、人々が 平和で幸福な人生を営み、希望に満ちて神様のもとに帰って行けるために働くことであります。 これが善であり、義であります。人々を不安にし、不幸にし、生きる 希望を失わせるものが悪であり、不義であります。 壊れた脳、生存する知 一昨夜テレビで「壊れた脳、生存する知」というドラマを見ました。これはご存知のように、山田規畝子(きくこ)という女医さんが脳卒中による 高次脳機能障害を体験し、その障害を医学的に分析して、克明に記録し出版した本に基いたドラマでした。 わたしは自分が昨年脳梗塞を患いましたから、大層興味があって、 この本を開きながらドラマを見て行きました。山田さんは大学二年の時に軽い脳梗塞、大学六年の時に、モヤモヤ病による出血、34歳で脳出血と脳梗塞、37歳の時の脳出血と四回の発作を経験しました。医師として10年の経験を積んだのに、この病気によって普通に出来ていたことが出来なくなりました。しかし、仲間の医師たちはこの病気を理解できないで、批判したり、当ったりします。家庭には三歳の男の子がおり、夫は 単身赴任でいない状態で、家の中でも転んだり色々事故が起こります。この絶望的情況の中で、東北大学の山鳥教授から、「医師としての貴重な体験を記録しておかれたらどうですか」と勧められます。 これに勇気を得て、記録を始めたのですが、やがて顔の左半分が 麻痺して口からよだれをたらすようになり、絶望的になります。生きている価値がないと感じてひどく落ち込んでいたとき、同じ脳梗塞の患者として彼女が面倒をみた女の子に道端でパッタリ出会いました。そして「先生を見ているだけで生きる希望と勇気が湧きます。先生、いつまでも元気で生きて下さい」といわれます。これによって勇気づけられ、そういう障害のあるままで自分は患者のために役に立てるんだと、確信しました。そして、義兄の勧めるままに、姉夫婦の経営する老人保健施設の施設長に就任しました。みんなから支えられて、毎日少しずつできることを増やしていく。 ある日の朝礼で山田さんの上司であり、主治医でもある義兄が全職員を前にして語りました、「ここに入ってこられる方は、病気やけがと闘って、脳に損傷を受けながらも生き残った勝者です。勝者として尊敬を受ける資格があるのです。みなさんも患者さんを勝者として充分に敬ってください」と。 山田さんは思いました、<そうだ、わたしは勝者だ。人は生きていくようになっている。遺伝子のレベルから始まって、脳機能も含め、生命活動のすべてが生きていく方向でプログラミングされている。自分の力で何かを始めてみよう。今までの人生でやったことのない何かを>と。その後夫と離婚し、独り息子と二人で新しい人生に挑戦しておられます。 わたしはドラマを見ながら何度も涙を流しました。神様はみんなが神様を信じて幸せに生きて欲しいと熱く願っておられます。神に生かされ、人が生きるのを助けて、幸せを祈って行くことが神の義であり、善であります。この善は必ず悪に勝ちます。人を不幸にし、絶望させる悪と戦って 生きることこそわたしたちの生きがいであり、死は新たなる永遠の生への凱旋門となるでしょう。 アーメン |
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