| 2007/4/22の礼拝説教 |
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舌
の 力 箴言15:4 ヤコブ3:1〜12 ルカ5:12〜16 皆川尚一牧師 |
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舌
の 力 「優しい舌は命の木である、 乱暴な言葉は魂を傷つける」 (箴言15:4)。 いつものように言葉の意味から解説しましょう。一行目の「優しい舌」 の「優しい」は(マルペー)というヘブライ語で、「優しさ、穏やかさ、癒し、救助」といった意味があります。これは名詞ですから、文字通りですと、 「舌の優しさ」とか、「舌の癒し」とか訳すことになりますが、日本語では 口語訳のように、形容詞風に「優しい舌」と訳す方が良いでしょう。また、「命の木」というのは、エデンの園にあるという、命の実を稔らせる木の ことです(創世記2:9)。つまり「優しい舌は人を生かす力である」という のです。牧師館の庭にある蜜柑の木は、スーパーで売っているどの蜜柑よりも新鮮で食べる者に命を実感させてくれます。人も鳥たちもこれに よって新鮮な命をもらうことができます。これと同じく「優しい舌」には人を生かす命の力があるのです。 次に、二行目の「乱暴な言葉」の「乱暴」は(セレフ)というヘブライ語 で、「乱暴、邪悪」といった意味です。これも名詞です。そして「言葉」と 訳したのは、一行目の「舌」を意味する女性代名詞ですから、文字通りですと、「舌の乱暴」と訳すことになりますが、日本語では口語訳のように、形容詞風に「乱暴な舌」と訳すほうが良いでしょう。また、「魂を傷つける」と訳されている「魂」は、ここでは(ルーア)ですから「霊、息」と言う意味です。また、「傷つける」と訳されたヘブライ語は(シェベル)で「傷、崩壊、 滅亡」という意味の名詞です。従って文字通りでは「霊の滅亡」という訳になりますが、ここでも「魂を傷つける」(口語訳)とか、「気力を砕く」(対訳、新共同訳)とか、動詞風に訳す方が分かりやすいと思います。これは舌のもつ人を滅ぼす力をを言います。「乱暴で邪悪な舌は人の魂を滅ぼす力を持つ」というのです。 日本の諺にも 「舌の剣(つるぎ)は命を絶つ」とか、「舌三寸のさえずりに五尺の身をはたす」とか、「口の虎は身を破る」とかいうのがあります。 また、英語の諺にも、「舌は槍りもひどく人を傷つける」とか、「自分の舌で喉を切るな」とかいうのがあります。 また、イランの諺にも 「口が軽いと寿命を縮める」というのがあります。 わたしたちは、この同じ舌で、人を生かすことも出来れば、人を滅ぼすことも出来るわけです。 使徒ヤコブの言葉 イエス様の弟である使徒ヤコブも舌の力について手紙の中で述べて います。《ヤコブ3:1〜12》を要約すれば、人間というものは言葉の過ちを犯し易い者だから、教師になりたがらないほうがよい。小さなくつわで大きな馬を統御するように、また小さな舵で大きな船を操縦することが 出来るように、人は小さな舌で大きな罪を犯すことが出来ると言っています。 「わたしたちは、この舌で父なる主をさんびし、また、その同じ舌で、 神にかたどって造られた人間をのろっている。同じ口からさんびとのろいとが出て来る。わたしの兄弟たちよ。このような事は、あるべきでない。泉が、甘い水と苦い水とを同じ穴からふき出すことがあろうか」 (3:9〜11)。 人を救うイエス様の御言葉 《ルカ5:12〜13》を見て下さい。 「イエスがある町におられた時、全身らい病になっている人がそこに いた。イエスを見ると顔を地に伏せて願って言った、『主よ、みこころでしたら、きよめていただけるのですが』。イエスは手を伸ばして彼にさわり、 『そうしてあげよう、きよくなれ』と言われた。すると、らい病がただちに 去ってしまった」 と記されています。 これは、八木重吉の詩のほうが優れた意訳だと思います。 「奇跡」 ライ病の男が キリストのところに来て拝んでいる 旦那 おめえ様が癒してやってくれべいとせえ思やあ わしの病気やすぐ治りまさあ 旦那 なおしておくんなせい 拝むから旦那 治してやっておくんなせい キリストは悲しいお顔をなさった そしてその男のからだにさわって よし さあ潔くなれ とお言いになると 見てるまにライ病が治った このようにイエス様の舌は「優しい舌、癒しの舌、救いの舌」であり ました。今だって、そうです。わたしたちはイエス様の舌によって癒され、救われています。 今も語られるイエス様 わたしの経験をいくつか挙げてみますと、 (1) 17歳のとき、自分の罪と汚れに悩みぬいてノイローゼ状態になって いたわたしは、教会の礼拝の中で説教しておられる牧師様の前に、 十字架にかかられたイエス様の御姿が立つのを見ました。それは 透明な映像で、説教の内容とかかわりなくわたしに対して罪の赦し と永遠の愛を語りかけて来ました。わたしは大声をあげて泣き崩れ ました。そして、完全に癒され、救われたのです。 (2) 37年前、バイクで国道を走っていて交通事故を起こし、右足の骨折 で入院したとき、夜の病室にイエス様が現れて、「主の右の御手と、 御顔の光で癒される」(詩篇40:3)と語られました。 (3) 1991年に、尿管結石で猛烈な苦しみに襲われて国立病院に入院 したときも、真夜中にイエス様がベッドの側に現れて言われました。 「尚一よ、尚一よ、恐れてはならない。わたしに身を委ねなさい。 堅く立って男らしくしていなさい。退いてはならない。あなたは日本の 預言者として立てられている。わたしはあなたを10倍も強くして用い る」 と。すると、結石は一瞬のうちに流れ出て、癒されました。 (4) 昨年の3月15日に、脳梗塞で倒れて札幌の病院に入院した夜にも、 イエス様はベッドの側に現れてニコやかに言われました、 「心配することはない。あなたは元気になってこれまで通り働ける ようになる」と。果たしてそのようになりました。 皆さん、このように復活して永遠に生きておいでなるキリスト・イエス様は今もわたしたちを見守り、様々の機会に語りかけて下さいます。わたしたちは主の舌の力によって生かされ、癒され、そして救われるのです。 そして、わたしたちも聖霊を満たされることによって、自分の舌で人々を祝福し、癒し、力づけ、救うことが出来ます。 どうか、命の木であるイエス様につながって新鮮な命の実を人々に 提供する人になろうではありませんか。 アーメン |
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