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                                          2005/04/03の礼拝説教
  金儲けの秘訣

   箴言3:9〜10
   Tコリント16:1〜2
   マタイ6:31〜34                 皆川尚一牧師
あなたの財産と、
すべての産物の初なりをもって
主をあがめよ。
そうすれば、あなたの倉は満ちて余り、
あなたの酒ぶねは新しい酒であふれる (箴言3:9〜10)。

金がほしいなあ
 「金儲けの秘訣」というテーマで説教することは、わたしにとって初めてのことです。明治時代の日本のクリスチャンは武士であった人々が多かったので、「武士は食わねど、高楊枝(たかようじ)」という諺とか、「清貧の美徳」という倫理観念が信徒や牧師の中に浸透していました。牧師は
金儲けのことを考えるべきでないというのが、常識になっていました。

 第2次世界大戦終了後、日本全体が貧しさのドン底に落ちたとき、
日本の教会も戦災で焼失し、牧師や信徒の生活もドン底に落ちました。その時、金森通倫という有名な牧師さんがアメリカ全土の教会を巡回
して、日本の教会に経済的援助を与えてくれるように、講演して歩いたのです。すると、行く先々の教会で、その教会の牧師が金森先生を会衆に紹介して言いました、「アイ・ウイル・イントゥロデュース・トゥー・ユー・ミスター・カネモライ」。この講演の成果は大層大きくて、沢山の援助金や、
品物が「ララ物資」として寄せられたのです。それか、あらぬか、やがて金森先生は牧師を辞めて実業界に入って、金儲けひとすじに生きるようになりました。

 このような話も、牧師は金儲けに夢中にならないようにとの戒めとして語られたのです。その頃、マーシャル群島のクサイ島から引き揚げて
来られたミッション・スクールの先生で山田さんという方が、横須賀教会に助けを求めて来ました。

 栄養失調のため足が立たなくなって、走水の引き揚げ者の収容所に
宿っておられたのです。宮本牧師先生と神学生のわたしはリヤカーを
引いて、12キロメーターくらい離れた収容所まで山田さんを迎えに行きました。そのとき宮本先生が、「皆川君、こういうときには金がほしいなあ、とつくづく思うねえ」と言われたのを憶えています。

 その後、わたしは牧師になって12年目に相模大野教会に奉職しているとき聖霊で満たされてから、清貧に甘んずるという考えから解放されたのです。神様は必要を満たされるということを、聖霊によって教えられたからです。そのつもりで聖書を読み直してみると、神様が信ずる者を善いもので満たして下さるということが、聖書には沢山書いてあることが分かりました。そして、わたしもそれを経験しましたから、「金儲けの秘訣」という説教をすることも出来るわけです。皆さんの中には、「皆川先生はそう金持ちには見えないがなあ」と、疑問に思われる方も多いかも知れませんが、今日はこのみ言葉を解き明かしたいと思います。

金儲けの秘訣
 ここで聖書が強調している金儲けの秘訣は、神様への献金を大切に
実行することです。

 「あなたの財産と、
  すべての産物の初なりをもって主をあがめよ」(9節)。

 1.「財産」とは言うまでもなく、いま持っている「お金」や、蓄えられた
「資産」です。その中から神様の御用のために必要な額をささげることです。その場合、誰かと比較してささげてはいけません。みんなはどの位
しているか、平均額はどれくらいか。みっともないとか、けちだとか思われない程度にささげておこうとか、そういう、人間を相手にした思惑を離れて、神様に喜ばれることだけを考えるのが信仰のささげものです。結局、ささげものとは、わたしたちの信仰のバロメーターなのです。自分の生活を破壊するほどのものはささげられない、というのが常識ですね。神様ではなく、自分に目が行っているときには、金額は低くなり、自分よりも神様に目がいっているときには、金額が高くなります。そして、時には常識を越えた高額になることもあります。
 * 32年前、この会堂を建てるとき、長く病院で療養生活をしていた
S姉妹がお見舞いに行ったわたしに高額の献金を託されました。それを聞いたある人々は、「レプタ二つを捧げたやもめのようなすばらしい信仰ですね」と言って感動しましたが、べつの人々は、「自分の退院の時の
ために蓄えておけば役に立つし、ご家族も助かるのに、非常識な献金だ。それを預かってきた牧師も非常識だ。むしろ退院の時のために役立てなさいと諭してSさんに返すべきだ」と憤慨しました。さて、どちらが主に喜ばれるでしょうか?32年後の結果を見ると、Sさんが退院するときは
息子さんが公務員としての地位も上がり、結婚もし、お母さんを喜んで
迎えてくれて、二人のお孫さんにも恵まれ、幸せになりました。
そして、ご家族に見守られて、安らかに帰天されたのです。
神様のお言葉にうそはありません。

 2.次に「初なり」とは、その時、その時の収入です。聖書では、申命記18章に、「穀物とぶどう酒と油の初物、および羊の毛の初物を祭司に
与えなければならない。あなたの神、主がすべての部族のうちから彼を選びだして、彼とその子孫を長く主の名によって立って仕えさせるからである」(4〜5節)。これを今日のわたし達に当てはめるならば、日給、週給、月給の場合もあり、農作物や、畜産物、商売での収入、年金、株での儲け、宝くじの賞金といったようなものだといえるでしょう。こうした色々な収入の「初なり」を先ず取り分けておき、神様への献げ物とするのです。これは、収入の十分の一を取り分けて献げるのと、捧げ物の精神に
おいては同じです。

 つまり、自分の生活のすべてにおいて神様を第一として尊ぶという精神です。
 こういう精神で神様に最上のものを、惜しみなく捧げて行けば、
かならず神様からの良い報いが与えられると約束されているのです。

 「そうすれば、あなたの倉は満ちて余り、
  あなたの酒ぶねは新しい酒であふれる」(10節)。

 金儲けを成功させたいと思う人は、この《箴言3章9〜10》のみ言葉を自分の潜在意識の中に毎日繰り返し刻みつけて、暗唱できるようにすると良いでしょう。

 そして、自分が神様にかなえて戴きたいと思う願望を心に描いて、
「きっとそのようになる」と声を出して言うのです。実現するまで、毎日
「きっと、そのようになる」と潜在意識にしみこませるのです。神様は天の良いお父さんですから、信じきって頼ってくる子供の願いを決して無にはされません。

 * 「マーフィーの法則」という本がありますが、彼は牧師さんだそうですけれども、「潜在意識が神だ」というところが危ないと思います。むしろ、潜在意識が神様に通じる道だと言ってほしいと思います。

 * 25年前に、この教会の牧師舘が建てられました。すると、この町内の人々は「皆川さんは成功した」と言って、司法保護司に推薦するから
受けてほしいと二人の代表者が訪ねてきました。こうした公職には、いくばくかの報酬と年数が経てば表彰されたり、勲章を授けられたりするのですが、わたしは断りました。それは、かって4年間勤めた経験から、
一生懸命犯罪者の更生のためにつくしても、犯罪者は過去を知られたくないために、わたしから無関係でいたがることを知ったからです。
それで、「折角のご厚意ですがわたしの任務は人の霊魂の救いなので、保護司であるがゆえに世話した人が来られなくなるようでは、神様に
申し訳ないので、お断りします」と言いました。

 わたしは、お金持ちではありませんが、大金持ちのお父さんを持っていますから、必要に応じて与えられてきましたし、そのためには、皆さんの愛の捧げ物も沢山戴いて来ました。神様は天からお金を降らせたりしませんが、その代わりに色々な人を動かされます。わたしはそれを自分のためばかりでなく、多くの人々のために役立ててきたのです。だから大層恵まれていると感謝しております。お金は大切なものです。お金があれば色々な願望がかないます。そして、お金は、お金を愛する人のもとに集まってくるようです。
 しかし、皆さん、神様をぬきにした金儲けはわが身を滅ぼす結果に
なります。
 お金より神様を愛し、神様と親密になり、何でも話せる間がらになる
ことです。そして聖書にあるように、先ず天国銀行に宝を積んで、神様
からの送金を待つような生き方を求めようではありませんか。  アーメン

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