トップページ >> 説教 >> 箴言 >> (99)
                                            2007/7/15の礼拝説教
  価値観が変る

   箴言16:8〜9
   Tテモテ6:6〜10
   マタイ6:19〜24                 皆川尚一牧師
価値観とは何か
  「正義によって得たわずかなものは、
  不義によって得た多くの宝にまさる。
  人は心に自分の道を考え計る、
  しかし、その歩みを導く者は主である」
  (箴言16:8〜9)。


  今日の説教のテーマは「価値観が変わる」というのですが、そもそも
価値観とは何でしょうか?
  広辞苑によれば、「価値観とは、個人もしくは集団が世界の中の事象に対して下す価値判断の総体」と書いてあります。何やら分かったような、分からないような説明ですね。要するに、「人生において値打ちのあるものは何か」という判断です。今この8節の聖句を見て下さい。
  「正義によって得たわずかなものは、
  不義によって得た多くの宝にまさる」

とあります。これが聖書の価値観であり、神様の価値観であります。しかし、世の中には「正義によろうが、不義によろうが、とにかく莫大な富にまさる価値はない」と考える人々がいます。これも一つの価値観です。

富は最高の価値か
  有名なアメリカの政治家ヘンリー・キッシンジャーは「金融を支配する者が世界を支配する」と言いました。彼は有名なアメリカの国際金融資本家であるデビッド・ロックフェラーの忠実な下僕です。又、有名なイギリスの国際金融資本家メイヤー・アムシェル・ロスチャイルドは「わたしに国家の通貨供給をコントロールさせてくれ、そしたら誰が法律を作ろうが、わたしは気にならない」と言いました。そして彼は自分の5人の息子たちを、フランクフルト、ロンドン、パリ、ウイーン、ナポリに配置して銀行を作らせ、ロスチャイルド家の基礎を築きました。各国の中央銀行は個人と取引せず、各国の政府、企業、金融団体とだけ取引するのです。この方が取り扱う金額が大きく、また確実に回収できるからです。日露戦争の時にロスチャイルドはロシアのロマノフ家にも金を貸し、又、日本にも金を貸して莫大な金儲けを謀りました。そして、中央銀行創設を拒むロマノフ家を倒すためにマルクス、レーニンにも金を貸して共産主義革命を起こさせ、20世紀にはヒトラーに金を貸し、これを倒すためにスターリンにも金を貸しました。不義であろうと、正義であろうと、金さえ儲かればそれで良いという価値観です。こんなに大規模な富ではなくても、とにかく世の中の幸福は金で買えると考えて、ひたすら富を蓄える人生観が流行しています。

価値観が変る
 しかし、イエス様はこう言われます、《マタイ6:19〜24》です。
 「あなたがたは自分のために、虫が食い、さびがつき、また、盗人らが押し入って盗み出すような地上に、宝をたくわえてはならない。むしろ自分のため、虫も食わず、さびもつかず、また、盗人らが押し入って盗み出すこともない天に、宝をたくわえなさい。あなたの宝のある所には、心もあるからである。〜中略〜だれもふたりの主人に兼ね仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛し、あるいは、一方に親しんで他方をうとんじるからである。あなたがたは、神と富とに兼ね仕えることはできない」。
  わたしが28歳の時、駆け出しの伝道者として最初に赴任した下関彦島教会の長老で西水忠公さんという人がいました。その人は三菱下関造船所付属病院の事務長さんでした。彼とふたりで江之浦公園を散歩しているとき、眼下に巌流島を見ながら、彼が問いかけて来ました、「先生、神にも富にも仕える道というものはないもんでしょうかねえ」。わたしは
ちょっと沈黙してから答えました、「やっぱり、ないでしょうねえ」。西水さんは天を仰いで、「ハッハッハッハッ、ハアー、やっぱりだめですかあ」。
西水さんの信仰はイエス様ひとすじの純粋なもので、若いころは夜、独りで提灯を下げて江之浦の街角に立って路傍伝道をしていたそうです。富に仕える同僚はどんどん出世して部長クラスになりましたが、神に仕える西水さんはつぶしが利かないと社長から軽んじられて、長は長でも病院の事務長になりました。このようにイエス様を信じれば価値観が変わるのです。

大堀 篤の生涯
 今一人、わたしの家内の父である大堀 篤(あつし)の実例をご紹介
したいと思います。
  大堀 篤は1880(明治13)年東京で士族の家の三男として生まれました。13才の時に、ある実業家の講演を聞きました。その主旨は「日本人は一般に士農工商と言って、商人を見下す傾向にある。そのせいか外国人相手の日本国の貿易は至って振るわない情況だ。これは優秀なビジネスマンが欠けているからである」ということで明確な理由を列挙して証明しました。この講演は少年の愛国心に強く訴えたので、彼は「自分こそ優秀なビジネスマンとなって日本国のために尽くさねばならぬ」と決心しました。  
  大堀少年は努力の結果旧制中学校を主席で卒業しましたが、就職した横浜の貿易会社では、将来の道が開けないと判って、アメリカへの密航を決意しました。波止場で船を見ていると、その船に荷を運ぶ見知らぬ人夫から声をかけられ、密航の手助けをしてもらって船の小部屋にもぐりこみました。船が日本を離れてから洋上で発見され、奴隷のように厳しく働かされて3週間後にサンフランシスコに入港しました。しかし、小部屋に閉じ込められたまま下船させてもらえません。やむをえず隙を見てロープを伝わって逃走し、町に入りました。  
  そこのサマー・リゾート地で働いていた時、デビッド・モルレー夫妻に出会って保護されることになりました。モルレー氏は、かって、ニュージャージー州立大学教授として数学・天文学を教えていましたが、駐米大使森有礼(ありのり)の推薦を受け、明治6年岩倉具視(ともみ)の欧米視察旅行に随行して来日しました。以後文部省学監として東京帝国大学、女子師範学校、幼稚園、博物館、図書館、学士会館などを創設しました。そして帰国後も日本を愛し、日本及び日本の教育について紹介し続けた人です。神様はこんな素晴らしい人物に出会わせて下さいました。モルレー氏はその時66歳でしたが、夫妻はわが子のように大堀少年を愛して、勉学の道を開いて下さいました。彼がいつクリスチャンになったのかは判りませんが、洗礼を受けてからは価値観が変わって、ビジネスマンになるビジョンを捨て、オランダ改革教会神学校に入学してキリストのミニスター(大使)になるビジョンに向かって邁進しました。そして、卒業後はニューヨークに「日本人修道会」を創設し、初代日本人教会の牧師となりました。その建物は、モルレー夫妻の遺産によって建てられたものです。大堀 篤の生涯はこのみ言葉の通りに実現されたと言えるでしょう。
  「人は心に自分の道を考え計る、   
  しかし、その歩みを導く者は主である」(箴言16:9)。

どうか、わたしたちも主に導かれていることを信じて義の道を歩み、天に
宝を積む者となろうではありませんか。               アーメン

トップページ >> 説教 >> 箴言 >> (99) >> (100)へ進む