| 2002年3月3日の礼拝説教 |
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天父の約束
使徒1:1〜5 ヨエル2:28〜29 ルカ24:44〜49 皆川尚一牧師 |
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テオピロよ テオピロよ、わたしは先に第一巻を著わして、イエスが行い、 また教えはじめてから、お選びになった使徒たちに、 聖霊によって命じたのち、天に上げられた日までのことを ことごとくしるした。イエスは苦難を受けたのち、 自分の生きていることを数々の確かな証拠によって示し、 四十日にわたってたびたび彼らに現れて、神の国のことを語られた。 そして食事を共にしているとき、彼らにお命じになった、 「エルサレムから離れないで、かねてわたしから聞いていた 父の約束を待っているがよい。 すなわち、ヨハネは水でバプテスマを授けたが、 あなたがたは間もなく聖霊によって、 バプテスマを授けられるであろう」(1〜5節)。 使徒行伝は「テオピロよ」という呼びかけで始まっています。この人の 名前はルカによる福音書の初めにも出て来ていて、そこでは「テオピロ閣下よ」という呼びかけになっています。この人はローマ帝国の高官で あったらしいのですが、テオピロとは「神を愛する者」という意味ですか ら、すばらしい信仰深い名前です。親はこの子が生まれた時に、 「神を愛する人になれ」という祝福の思いをこめてテオピロと名付けた のではないかと思われます。 その思いに導かれたのか、ローマ帝国の辺境ユダヤの地から出現した救世主イエス・キリストのうわさを聞いて興味をもったテオピロは、クリスチャンたちに出会って、ますます関心を深め、もっとイエス・キリストを知りたいと願うようになりました。それを知ったクリスチャン医師ルカは、この一人の求道の熱意に燃える霊魂に対して、精魂こめて二巻の書を著わしました。第一巻は「ルカによる福音書」であり、第二巻はこの 「使徒行伝」なのです。 皆さん、神様は愛の根源であり、愛に満ちたお方ですから、神を愛する者のために神の使いルカを起こして、イエス・キリストのことを伝えさせたのです。あなたも神を愛する者であるならば神の愛はますますあなたに向かってあふれるばかりに注がれるでしょう。 そのつもりでこの使徒行伝を呼んでください。 神の国のこと 神の御子イエス様の御降誕によって、神の国はこの世に入って来ました。神の国と天国とは同じです。より正確に言えば、神の王国と天の王国とは同じ意味です。神の王国の王は神様です。神の王国の基は天の王国ですから、天の王座から神様は全ての造られたものを支配しておいでになります。そしてイエス様は見えない神の見える姿ですから、天国の王は御子イエス様であるといえます。神の国とは神の支配される領域ですから、御子イエス様がこの世に入って来たことによって神の御支配が人間世界の中におこなわれるのが見えるようになりました。イエス様は神の愛を教え、神に信頼する人を生み出しました。イエス様は病人に手を置いて癒し、人々から悪霊を追い出して解放しました。イエス様は死んだ人を生きかえらせました。これらは神の支配(神の王国)がイエスさまを通してこの世の中に行われたしるしです。イエス様は信徒たちの中から使徒と呼ばれるリーダーたちを任命し、聖霊の力によって彼らがイエス様と同じ神の国のわざを担うように命じたのです。彼らは初めは12人でしたが、「全世界に出て行って全ての民族、全ての国民を弟子とせよ」と、主イエス様から命じられました。それは全世界に神の支配を及ぼすためです。これらのことは第一巻の福音書に記されています。 この第二巻はその続きなのです。つまりこれは使徒行伝というよりは 「イエス行伝」と言うべき書です。しかし、イエス様は死から復活して天に上げられ、その御姿はめったに見られなくなり、むしろイエスの御霊で ある聖霊が使徒たちやその他の弟子たちを通してキリストの救いの福音を宣べ伝え、奇跡を行ってゆかれるのを記したものです。だから、ある人は聖霊行伝だとも言いますが、見える所では使徒行伝であり、使徒の 働きを記したものです。それらは全て地上における神の国の発展だと 言って良いでしょう。 父の約束 イエスは苦難を受けたのち、自分の生きていることを数々の 確かな証拠によって示し、四十日にわたってたびたび彼らに現れて、 神の国のことを語られた。そして、食事を共にしているとき、 彼らにお命じになった、「エルサレムから離れないでかねてわたしから 聞いていた父の約束を待っているがよい。すなわち、ヨハネは水で バプテスマを授けたが、あなたがたは間もなく聖霊によって、 バプテスマを授けられるであろう」(3〜5節)。 地上における神の国の世界的発展は、人間わざでは到底なしとげられるものではありません。12人の使徒だけでは不可能に近いとも言えま す。しかし、人の国ではなく神の王国は王なるキリスト・イエス様が天の 王座から聖霊によって12使徒を初め、全てのクリスチャンを満たして、聖霊の力と愛によって発展させるものなのです。天の父なる神様は、 すでに旧約聖書の時代に預言者たちを通してこれを約束されました。 ヨエル書を見て下さい。 「その後、わたしはわが霊をすべての肉なる者に注ぐ。 あなたがたのむすこ、娘は預言をし、 あなたがたの老人たちは夢を 見、あなたがたの若者たちは幻を見る。 その日わたしはまたわが霊をしもべ、 はしために注ぐ」(ヨエル2:28〜29) とあります。 また、イエス様の先触れとして現れたバプテスマのヨハネも言いました。 「わたしは水でバプテスマを授けるが、わたしよりも力のあるかたが おいでになる。わたしには、そのくつのひもを解く値うちもない。 このかたは、聖霊と火とによっておまえたちにバプテスマを お授けになるであろう」(ルカ3:16)。 この「力あるかた」というのは言うまでもなく、イエス様のことです。この地上のご生涯の中では未だイエス様は弟子たちに聖霊によるバプテスマを授けてはおられませんでした。これは全然弟子たちに聖霊の働きがなかったというのではありません。主イエス様が弟子たちの頭に手を 置いて使徒に任命した時から、弟子たちも何ほどか聖霊の力に用いられる人となって、病気を癒したり、悪霊を追い出したりしたのです。 しかし、イエス様の言われる聖霊のバプテスマはもっと圧倒的な聖霊の満たしと支配と解放です。 水のバプテスマが水の中に全身ひたされ、沈められるように、聖霊のバプテスマは、全身全霊が聖霊の中にひたされ、沈められ内も外も聖霊充満の人とされることを言います。ですからこれはその人の生涯の新しい転機となるものです。神の霊が人の体の内側に住んで、愛と平和と 喜びを満たし、内側から語ってくださり、私たちは内に住む主イエス様と会話しながら生きる人になるのです。これは天のお父様からの最高の プレゼントであると、イエス様は語られました。 「このように、あなたがたは悪い者であっても、 自分の子供には良い贈り物をすることを知っているとすれば 天の父はなおさら、求めて来る者に聖霊を 下さらないことがあろうか」(ルカ11:13)。 父親がわが子に繰返し、繰返し話して聞かせるのはよほど大切な事です。初めの弟子たちは耳にたこができるくらい繰返し聞いて来た天父の約束を真剣に信じて祈り求めました。わたしたちも同じように信じて祈り求めようではありませんか。 アーメン |
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