トップページ >> 説教 >> 使徒行伝 >> (108)
                                           2005/01/02の礼拝説教
  希望の星イエス

   使徒27:13〜26
   イザヤ60:19〜20
   マタイ2:1〜12                  皆川尚一牧師
 時に、南風が静かに吹いてきたので、彼らは、この時とばかりに
いかりを上げて、クレテの岸に沿って航行した。すると間もなく、
ユーラクロンと呼ばれる暴風が、島から吹きおろしてきた。
そのために、舟が流されて風に逆らうことができないので、
わたしたちは吹き流されるままに任せた。それから、クラウダという小島
の陰に、はいり込んだので、わたしたちは、やっとのことで小舟を
処置することができ、それを舟に引き上げてから、綱で船体を
巻きつけた。また、スルテスの洲に乗り上げるのを恐れ、帆をおろして
流れるままにした。わたしたちは、暴風にひどく悩まされつづけたので、
次の日に、人々は積荷を捨てはじめ、三日目には、船具までも、
てずから投げすてた。幾日ものあいだ、太陽も星も見えず、
暴風は激しく吹きすさぶので、わたしたちの助かる最後の望みも
なくなった。みんなの者は、長いあいだ食事もしないでいたが、
その時、パウロが彼らの中に立って言った、
「皆さん、あなたがたが、わたしの忠告を聞きいれて、クレテから
出なかったら、このような危害や損失を被らなくてすんだはずであった。
だが、この際、お勧めする。元気を出しなさい。舟が失われるだけで、
あなたがたの中で生命を失うものは、ひとりもいないであろう。
昨夜、わたしが仕え、また拝んでいる神からの御使が、
わたしのそばに立って言った、
『パウロよ、恐れるな。あなたは必ずカイザルの前に
立たなければならない。たしかに神は、あなたと同船の者を、
ことごとくあなたに賜わっている』。だから、皆さん、元気を出しなさい。
万事はわたしに告げられたとおりに成って行くと、
わたしは、神かけて信じている。われわれは、どこかの島に
打ちあげられるに相違ない」(使徒27:13〜26)。

星が見えない夜
 パウロの反対意見にもかかわらず、船長・船主・百卒長たちは
「良き港」より、折りからの南風に乗って西方のピニクス港へと船出して行きました。すると間もなく風が変わったのです。ユーラクロンと呼ばれる東北方からの逆風が島から吹きおろして来ました。それは大暴風でしたから、なすすべもなく吹き流され、荒波にもまれ続けたので、次の日には積荷を全部投げ捨てて船足を軽くしました。それでも危険が増し加わったので、三日目には船具までも捨て始めました。日本の難波船の記録には帆柱まで切り倒して転覆から免れようとした事が度々見られますが、
この場合はどうだったのか。後で前の帆をあげた話が出てくるので、
前の帆柱が残っていたことは分かります。とにかく船上の物は出来る
だけ投げ捨てて、ひたすら生き残ることを計ったのです。第20節に、

 「幾日ものあいだ、太陽も星も見えず、暴風は激しく吹きすさぶので、
わたしたちの助かる最後の望みもなくなった」

と記されています。とくに星が見えないということは航海の専門家にとって最悪の事態でした。北極星を頼りに船の位置や針路を見定めて航海することが出来るからです。北極星が見えないならば、今、自分の船がどこにいるかが分からず、どの方向に針路を向けて良いかも分かりません。昼も夜も真っ暗でやみくもに船が流されていくので、生きる最後の望みもなくなりました。

  わたしたちの人生にも、星が見えない夜があります。嵐にもまれて行く先はおろか、自分が今立っている場所も定かでなく、ただ流されるままにまかせるほかないといった境遇に置かれることがあります。
そういう「星が見えない夜」にはどうしたらよいのでしょうか?
使徒行伝の先の方へと読み進みましょう。

天の星が訪れる
  こうした絶望的な状況の中で、パウロは祈っていました。
すると祈りに応えて天使が神様から遣されて来て、彼の夢枕に立って、
こう告げました。第24節です。

「パウロよ、恐れるな。あなたは必ずカイザルの前に立たなければ
ならない。たしかに神は、あなたと同船の者を、ことごとくあなたに
賜わっている」と。

 天使は聖書の中で、しばしば天の星にたとえられています。
「天の万軍(ツェバオス)」というのは、天に輝く無数の星のことでもあり、又、満天の星のように輝いて見える天使たちのことでもあるのです。
アルゼンチンのリバイバルの始まりは、ある聖書学校の生徒が外に出て夜空の星を眺めていた時に、ひとつの星が突然輝きを放って、どんどん彼のところに近づいて来ました。近づくに従って、それは輝いた天使で
あることが分かりました。その生徒はアレキサンダー君でしたが、彼は
ずっとアルゼンチンの救いのために毎日毎晩祈っていたのです。天使の来訪は、彼の祈りに対する神の応えだったのです。アレキサンダーが
急いで寮の中にかけこむと、天使も彼といっしょに寮の中に入りました。寮生は皆いっぺんに目を覚まして、天使の光の中で涙を流して自分の罪を悔い改め、信仰と愛の火に燃えて主に仕えることを誓ったのです。

  パウロの所に、天使が訪ねて来たことによって、船は失われても人々は決して失われず、全員がパウロと共に助かることが分かりました。
そして、やがてどこかの島に打ちあげられることも分かりました。船長も船主も百卒長も、そして乗客たちや罪人たちも天の星の示す希望によって、やっと安心することが出来ました。神の声を聴くことのできるパウロの言葉に皆が従って行くことになりました。

希望の星イエス
  そこで皆さん、わたしたちは更に偉大な天の星の訪れがあったことを憶えたいと思います。それは、言うまでもなく全人類、全宇宙の希望の
星であるイエス・キリスト様のことです。

  今日は1月2日で、教会暦では降誕後第2主日となっています。そして1月6日(木)は顕現祭であって、ペルシャから遥々メシアを訪ねて来た
三人の博士たちにメシア・イエスの光が顕現したことを祝います。先に
ベツレヘムの馬小屋でユダヤ人の羊飼いたちにメシア・イエスの光は
顕現しましたが、ここでは異邦人の王たちにイエスの光が顕現したわけです。では、三人のペルシャの賢い王たちは、どのようにしてイエス様のご降誕を知ったのでしょうか。

  西暦紀元前8年の末頃に、ユーフラテス河のほとりのシバルにある
最古の天文台が作ったという「シバルの星暦」と呼ばれるくさび形文字で書かれた粘土板が保存されています。それによれば紀元前7年のあらゆる重要な星の運行や接近が何月何日とあらかじめ精確に算定されて
いるのです。木星は世界の支配者の星と見られ、魚座は終末時代の
しるしと見られていました。また、土星は東方ではユダヤの星とされて
いました。従って、木星と土星が魚座の中で出会うならば、ユダヤでこの年に終末時代の世界の支配者が生まれることを意味していたのです。
ですから博士たちは、「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、
どこにおられますか。わたしたちは東の方でその星を見たので、
そのかたを拝みにきました」とエルサレムの人々に尋ねたのです。

  結局、三人の博士たちは輝く星に導かれてベツレヘムに行き、幼な子イエス様の前にひれふして、拝礼し、黄金・乳香・没薬などの贈り物を
ささげました。この星は移動して行く星でしたから、天使である可能性が高いと思われます。

  しかし、皆さん、三人の博士を導いた天使の星よりも、天空高く輝いた星座の星よりも、もっともっと重要な希望の星はベツレヘムに生まれた
人類の救い主イエス様であります。

  現代の歴史は激動の歴史です。パウロが出会ったユーラクロンより
も、もっと激しい暴風雨がわたしたちに襲いかかってくるでしょう。
人間たちの地球全体にわたる憎しみと殺し合いという悪の波動が、自己破壊を招いて行くでしょう。英米陣営とロシア陣営との新しい対立抗争が予想され、アジア諸国は日本をふくめてその争いの中に巻き込まれて
行くかも知れません。天変地異もそれにつれて更に大規模なものになるおそれがあります。人類の希望が全く見えなくなる事態が起こるかも
知れません。

  けれども、恐れることはないのです。天に暗雲がたれこめ、稲妻が
走り、雷がとどろき、嵐が吹きすさんでも、雲と嵐の上の天には太陽が
輝き、夜には星が見えています。それと同じように、人類の希望の星
イエス様は万物を支配し、悪を滅ぼし、嵐を静める時を定めておいでになります。わたしたちは主イエス様を信じてゆるぐことなく、祈りをわすれずに、常に主のみことばに導かれて行くならば、かならず護られます。
心をいつも主イエス様に向けて生きて行きましょう。       アーメン

トップページ >> 説教 >> 使徒行伝 >> (108)