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                                         2003年3月2日の礼拝説教
  真理に従う力

   使徒9:19〜22
   イザヤ41:10〜13
   マタイ10:24〜33                皆川尚一牧師
熱烈な伝道開始
  サウロは、ダマスコにいる弟子たちと共に数日間を過ごしてから、
  ただちに諸会堂でイエスのことを宣べ伝え、
  このイエスこそ神の子であると説きはじめた。
  これを聞いた人たちはみな非常に驚いて言った、
  「あれは、エルサレムでこの名をとなえる者たちを苦しめた
  男ではないか。その上ここにやってきたのも、彼らを縛りあげて、
  祭司長たちのところへひっぱって行くためではなかったか」。
  しかし、サウロはますます力が加わり、
  このイエスがキリストであることを論証して、
  ダマスコに住むユダヤ人たちを言い伏せた(19〜22節)。

 サウロはダマスコの町において、ダマスコ・キリスト教会のアナニヤからバプテスマを受け、数日後にはダマスコのユダヤ人会堂で伝道を開始
しました。ダマスコは大きい町でしたから、ユダヤ人の会堂(シナゴグ)が幾つもあったと思われます。サウロはエルサレムから下って来たユダヤ人の指導者でしたから、会堂司はシナゴグの礼拝で説教することをサウロに要請したのだと思われます。サウロはその機会を最大限に生かし
て、あのナザレのイエスこそ真のメシアであると証言しました。これには
ダマスコのユダヤ人たちが大変なショックを受けました。彼らは口々に
語り合いました、「あれは、エルサレムでこの名をとなえる者たちを苦しめた男ではないか。その上ここにやってきたのも、彼らを縛りあげて、
祭司長たちのところへひっぱって行くためではなかったか」と。
 このサウロの行動の中に真理に従う力を三つの点で見ることが
出来るでしょう。

教会の肢となる
 その第一は、教会の肢となることです。サウロはアナニヤを通してバプテスマを受け、ダマスコ教会の肢となりました。これは大変重要なこと
です。彼はクリスチャン生活の第一歩から教会の肢としてスタートしたのです。ダマスコ教会の信者たちは、サウロの過去にこだわらず、生まれ変った神の子、すなわち兄弟としてサウロを迎え入れてくれました。それはアナニヤが最初に彼を訪問したときに、「兄弟サウロよ!」と呼びかけて受け入れたことに始まります。いや本当はそれよりも前に天から現われた主イエス様が彼を赦し、受け入れて、「兄弟」として扱って下さった
ことに始まります。そこでダマスコ教会の人々はサウロを喜んで受け入れたのです。サウロはキリスト・イエスに在るサウロとして、新しく生まれたのです。イエス様にしっかり結びつくと同時に兄弟姉妹からしっかり
支えられて生きることによりわたしたちは力強く真理に従って生きることが出来ます。

真理を証しする
 第二は、真理を証しすることです。
 サウロは直ちに真理を証しする活動を開始しました。それは自分を
宣伝するためでなく、キリスト(メシア)イエスを神の子・救い主として宣べ伝えるためです。サウロはイエス様を偽預言者、偽メシアだと誤解して
迫害していましたが、そのイエス様が彼に出現したので、真のメシアだということがわかったという事を証ししたのだと思います。
彼はキリストの愛の力と権威とを体験したからです。
 * 内村鑑三はこう証ししています。「真理は事にあらず、人なり。哲理にあらず、宗教なり。教義にあらず、人格なり。絶対的真理は主イエス・キリストたり。彼に聴き、彼にならい、彼を信じて我らに真理と生命とあ
り、彼において之をもとめずして、宇宙において之を探らんとほっするが故に、世は永久に真理を見出しあたはざるなり。」
 即ちイエス様は、「わたしは道であり、真理であり、生命である」と自ら証しされました。この生ける真理であるイエス様はしばしば、ご自身の方から近づいてご自身を証しされるのであります。

神との交わり
 第三に必要なのは、神様との交わりです。キリストの出現は一回限りではありません。永遠に続く交わりの初体験です。サウロは「イエスこそ
メシアである」と証しを始めたので,大変な憎しみと迫害とをダマスコのユダヤ人たちから受けることになりました。そうした騒ぎの渦の中にいると、心身ともに疲れて来ることがあります。サウロは一時ダマスコを脱け出して、アラビヤの荒野に隠れたらしいのです。その事はガラテヤ人への
手紙にこう記されています。
 「ところが、母の胎内にある時からわたしを聖別し、み恵みをもって
わたしをお召しになったかたが、異邦人の間に宣べ伝えさせるために、御子をわたしの内に啓示して下さった時、わたしは直ちに、血肉に相談もせず、また先輩の使徒たちに会うためにエルサレムにも上らず、
アラビヤに出て行った。それから再びダマスコに帰った」
(ガラテヤ1:15〜16)。
 このアラビヤというのは、シナイ山ではなく、ダマスコ北東部までのびていたナバタエイ王国の領域であったと思われます。その国の王様は
アレタ王(アレタ第4世)と言います(Uコリント11:32参照)。
 では一体何のためにアラビヤに行ったのでしょうか?二つの説があります。一つは宣教するため。今一つは祈るため。私はこれは主として
祈るために行ったのではないか、そしてキリストを証しする機会もあったのではないかと考えています。なぜなら宣教については、使徒26:20に、先ずダマスコ、次にエルサレム、そしてユダヤ全土、それから異邦人
世界へと彼が働いたことが記されていて、アラビヤで宣教したとは特に
証ししていないからです。だからサウロはアラビヤに行って、荒野の中で神の御声を聞こうと退いたのではないかと思います。
 前にもお話しましたように、荒野は神の声を聞く所です。
そこでサウロはこのようなみことばを聞いたのかも知れません。
恐れてはならない、わたしはあなたと共にいる。
驚いてはならない、わたしはあなたの神である。
わたしはあなたを強くし、あなたを助け、
わが勝利の右の手をもって、あなたをささえる。
見よ、あなたにむかって怒る者はみな、
はじて、あわてふためき、あなたと争う者は滅びて無に帰する。
あなたは、あなたと争う者を尋ねても見いださず、
あなたと戦う者は全く消えうせる。あなたの神、
主なるわたしは、あなたの右の手をとってあなたに言う
「恐れてはならない、わたしはあなたを助ける」(イザヤ41:10〜13)。
 わたしたちはどんなに絶望的な状況におかれても、
神の声を聞くことによって立ち上がることが出来ます。
 ≪使徒行伝9:22≫を見て下さい。

  「しかし、サウロはますます力が加わり、
  このイエスがキリストであることを論証して、
  ダマスコに住むユダヤ人たちを言い伏せた」。

 この「論証する」(シュムビバゾー)というギリシャ語は、「諸事実を比較検討して論証する」という意味です。これは学問をし、学識ゆたかであったサウロにとって、得意の分野であったかも知れません。これまでは
納得できなかったイザヤ書の預言、その他の旧約聖書のみことばが、
メシア・イエスを信ずることによって豁然と開かれました。彼は荒野の
瞑想の中で色々と聖霊によって教えられたと思われます。
イエスこそ真理そのものであると確信して、彼はますます強くなりました。

  「わたしたちは真理に逆らっては何をする力もなく、
  真理に従えば力がある」(Uコリント13:8)。           アーメン

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