| 2002年4月7日の礼拝説教 |
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神のわざと人のわざ
使徒1:15〜26 箴言16:33 マルコ3:13〜19 皆川尚一牧師 |
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ユダの運命 そのころ、120名ばかりの人々が、一団となって集まっていたが、 ペテロはこれらの兄弟たちの中に立って言った、 「兄弟たちよ、イエスを捕えた者たちの手びきになった ユダについては、聖霊がダビデの口をとおして預言したその言葉は、 成就しなければならなかった。彼はわたしたちの仲間に加えられ、 この務を授かっていた者であった。(彼は不義の報酬で、ある地所を 手に入れたが、そこへまっさかさまに落ちて、腹がまん中から 引き裂け、はらわたがみな流れ出てしまった。 そして、この事はエルサレムの全住民に知れわたり、 そこで、この地所が彼らの国語でアケルダマと呼ばれるようになった。 「血の地所」との意である。) 詩篇に、『その屋敷は荒れ果てよ、そこにはひとりも住む者が いなくなれ』と書いてあり、また『その職は、ほかの者に取らせよ』と あるとおりである。そういうわけで、主イエスがわたしたちの間に ゆききされた期間中、すなわち、ヨハネのバプテスマの時から 始まって、わたしたちを離れて天に上げられた日に至るまで、 始終わたしたちと行動を共にした人たちのうち、だれかひとりが、 わたしたちに加わって主の復活の証人にならねばならない」。 そこで一同は、バルサバと呼ばれ、またの名をユストというヨセフと、 マッテヤとのふたりを立て、祈って言った、 「すべての人の心をご存じである主よ。このふたりのうちのどちらを 選んで、ユダがこの使徒の職務から落ちて、自分の行くべきところへ 行ったそのあとを継がせなさいますか、お示し下さい」。 それから、ふたりのためにくじを引いたところ、マッテヤに当ったので、 この人が11人の使徒たちに加えられることになった(15〜26節)。 使徒ペテロは主イエス様から授けられた羊飼いの役目に従って聖霊が降る前になすべき準備にとりかかりました。それはユダの死によって生じた12使徒の欠員を補充することでした。 祈祷会に参加していた弟子たちは約120名と記されていますが、 そのほかにも弟子はいたようです。復活したイエスさまは500名以上の 弟子たちに、同時に現れた(Tコリント15:6)とも記されていますから。 ペテロの演説によれば、ユダの運命はすでに旧約聖書の中に預言されていたのです。ユダは主イエス様によって選任された使徒の仲間であった。そして尊い務めをあたえられていた。にもかかわらず、イエス様を裏切って敵の手引きをしたが、彼は不義の報酬で手に入れたある地所に真っさかさまに落ちて腹が破裂して死んでしまった。そこでこの地所はヘブライ語で「アケルダマ」(血の地所)と呼ばれるようになった。 これには別の説もあります。それはマタイ27章に記されているものです。 「そのとき、イエスを裏切ったユダは、イエスが罪に定められたのを 見て後悔し、銀貨30枚を祭司長、長老たちに返して言った、 『わたしは罪のない人の血を売るようなことをして、罪を犯しました』。 しかし彼らは言った、『それはわれわれの知ったことか。 自分で始末するがよい』。そこで、彼は銀貨を聖所に投げ込んで 出て行き、首をつって死んだ。祭司長たちはその銀貨を拾いあげて 言った、『これは血の代価だから、宮の金庫に入れるのはよくない』。 そこで彼らは協議の上、外国人の墓地にするために、 その金で陶器師の畑を買った。そのために、 この畑は今日まで血の畑と呼ばれている」(マタイ27:3〜8)。 ここで外国人の墓地というのは、異邦人の改宗者でユダヤ教徒になった人々が巡礼者としてエルサレムに来て死んだ場合に葬られる墓地です。ユダが銀貨30枚で自分の家を建てる敷地として買った地所で自殺したのか。それとも、ユダが自殺したあと祭司長たちが陶器師から買った畑なのかわかりませんが、ペテロの演説ではユダが屋敷を建てるために買った地所だとしています。それは詩篇69篇25節に「その屋敷は荒れ果てよ、そこにはひとりも住む者がいなくなれ」と預言されているから、その通りになったのだというのです。また、「その職は、ほかの者に取らせよ」(詩篇109:8)と預言されているから、ユダの使徒職をほかの人に与えるべきだと語りました。それは神の御旨に従うためです。 使徒職の補充 では、使徒が欠けたら、必ず補充しなければならないのかというと、 そうではありません。 使徒とは主イエス様がお選びになった12人です。なぜ12人かと言えばこれはイスラエルの12部族を象徴し、来たるべき神の国では12人の使徒がそれぞれ新しい神のイスラエル12部族を治める長官となるべく、選ばれたものです(マタイ19:28)。従ってユダが主に背いて使徒職から堕ちたならば、欠員を補充する必要があります。しかし、ヤコブが殉教の死をとげたのは、使徒職から堕ちたのではなく、使徒職を全うしたのですから、補充する必要はありません。のちのことになりますが、12人の使徒はそれぞれ主の命に背かず立派に使徒職を全うして皆死にました。 それで紀元第2世紀からは使徒のいない時代に入って行き、 教父が全教会を指導するようになります。 使徒の条件 そこで、使徒の条件は何かという事になります。 ペテロは二つの条件を挙げました。 (1) 主イエス様の公生涯の最初から最後まで行動を共にした 忠実な人物。忠実ということは極めて大切なことです。 (2) 主イエス様の復活の目撃証人であること。この職務は非常に 危険ですから、新しい戦いの勇士を選ばなければなりません。 そこで彼らはこの条件に合った人を二人選挙しました。ひとりは、ヨセフです。ヨセフはヘブライ名で、ユストはローマ名です。バルサバは「サバの子」という意味で、サバの子ヨセフと呼ばれていました。古代教会の指導者パヒアスによれば、「このヨセフは不信者から挑戦を受けたとき、主の御名において蛇の毒を飲みましたが、何の害をも受けませんでした」と 記されています。 今一人はマッテヤです。マッテヤのことはあまり知られていません。 古代教会の歴史家エウセピオスによれば「彼は72弟子のひとり (ルカ10:1)であった。彼はのちにエチオピアに伝道に行った」と 記されています。 神のわざと人のわざ 一同はこの二人を立て、「どちらを神様はお選びになるのか お示しください。」と祈ってから、くじを引くと、マッテヤに当りました。 * ある人は「くじ引きなんていいかげんな方法で当選したから、マッテヤは大した働きができなかったのだ」などと酷評しますが、これはいいかげんな方法ではありませんでした。 彼らは、 (1) 神の言に従いました(詩篇109:8) (2) 人の信仰と知性の判断を尊重しました(人のわざ)。 (3) しかし、最後に「くじ引き」によって神のわざを求めたのです。 (箴言16:33「人はくじを引く。しかし事を定めるのは、全く神による」) *くじの方法は二つが考えられます。 (1) 各人の名を書いた2枚の小さな板切れを壷の中に入れ、 それを振ってから1枚とりだす。 (2) 各人の名を小石にしるして、壷の中に入れ、 壷を振ってころがり出たものを採る。 神のみわざは、聖霊によって聖書のみ言葉を示し、人の心の実態を 見ぬいてくじを当てるのでしょう。私たちも神のみわざが行われるために全力をつくしてお仕えし、常に神の働かれる余地を残しましょう。アーメン |
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