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                                         2002年4月21日の礼拝説教
  聖霊きたれり

   使徒2:1〜4
   イザヤ6:1〜8
   ルカ12:49〜50                 皆川尚一牧師
五旬節の日
  五旬節の日がきて、みんなの者が一緒に集まっていると、
  突然、激しい風が吹いてきたような音が天から起ってきて、
  一同がすわっていた家いっぱいに響きわたった。
  また、舌のようなものが炎のように分れて現れ、ひとりびとりの上に
  とどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、
  いろいろの他国の言葉で語り出した(1〜4節)。

 五旬節はユダヤ人にとって非常に大切な日でした。
五旬節とは「50日祭」の意で、ギリシャ語では「ペンテコステ」、ヘブライ語では「シャブオット」と言います。この日は過越祭を終え、種なしパンの祝の第一日から起算して50日目になります。これは、小麦の収穫の初穂を神様に献げる日として律法の中に定められています(レビ記23:15〜21)。しかもこの日は主イエス様のご復活の日から数えて50日目になり
ます。熱心なユダヤ人はみなこの日に前夜から徹夜祈祷をしました。
また、早朝から祈る人々もいました。とくにクリスチャンたちは一緒に
屋上の間に集まって祈ったのです。

突然の出来事
 クリスチャンたちはあらかじめ主イエス様から聖霊が降ることを予告
されていましたから、日時は知らされていませんでしたが、皆で励まし
合って祈り求めていました。そして、聖霊は突然やって来ました。
神様のみわざは、どんなに準備して、待ち望んでいても、始まる時には、人の予期しない形でやって来ます。祈っていても必ずおどろくでしょう。

超常現象
 聖霊にはしばしば超常現象が伴います。ゴーッと激しい風が吹いて
来たような音が家いっぱいに響きわたり、天から舌のようなものが降りて来て、その先が炎のように分かれて、ひとりびとりの頭の上にとどまりました。すると一同は聖霊で満たされて、聖霊が語らせるままに色々な
他国の言葉で語り出しました。霊には風という意味と、息という意味があります。ですから聖霊は神の風であり、神の息吹きでもあります。神の霊が動くときには、「サァーッ」とか「ゴーッ」とかいう烈風の響きが聞こえることもありますが、そよ風のように吹いてくる時もあります。地鳴りか津波の寄せるような音がしたり、地震が起こり、大水のひびきが聞こえる、
霊の炎が燃え上がったり、雲が部屋に満ちたりします。火や雲は神の
ご臨在のしるしです。あるいは天から光の柱がおりて来てその人を包むこともあります。
 * インドネシアのチモール島の教会では1965年9月26日の夜、祈祷会が開かれていました。しかし、誰も自分たちの上に聖霊が降るとは思っていませんでした。なぜなら、その頃まで牧師は、「クリスチャンは洗礼を受けた時に自動的に聖霊のバプテスマを受けている」と教えていたからです。その夜はまるで教会の中に竜巻が起こったような響きがしました。
すると皆が火のついたように激しく祈りはじめ、一人ずつ祈っていたのが一斉に同時に祈りだしました。牧師は異常な出来事にオロオロして、どうしてよいかわかりませんでした。すると教会堂の向いの警察署の火災
ベルがけたたましく鳴り始めました。教会堂が炎につつまれているのを見て、警察は村人に、バケツを持って集まって消火にあたれと知らせ
ました。村人が駆けつけて見ると教会堂は炎につつまれていましたが、
建物は燃えていませんでした。

火の三つの作用
 火は神の臨在のしるしですが、多くの素晴らしい働きをします。
今、ここに神の火の三つの作用を挙げて見ましょう。

(1) 火は清める
 火は人の罪を清めます。例えば[イザヤ書6:1〜8]
 . 預言者イザヤは、神の宮で祈っていると天が開けて主が高く上げられた神殿のみくらにすわっておいでになり、そのみ衣の裾が神殿に
満ちているのが見えました。セラピムという最高位の天使たちが高らかに讃美をうたいながら、みくらのまわりを飛んでいました。イザヤは自分の罪と汚れをまざまざと照らし出されて、畏れ戦きました。すると天使の一人が天の祭壇から取った火の燃える炭を火箸ではさんで持ってきて
イザヤの口に触れ、「あなたの罪は清められ、あなたの罪はゆるされた」と言いました。こうして、イザヤは預言者として立てられたのでした。
彼の口は神の言を語ったのです。
 . 1952年インド東北部のナガランドでも聖霊の火が降りました。
リクムというナガ人の伝道者が説教しているときにそれは起こりました。何百人もの人々が罪を悔い改めました。夜、山の上でキャンプをして
祈っていると天から一団の炎が燃えながら降りてゆくので、人々はその行く先を訪ねて走っていくと、ある村全体が神の火で包まれており、伝道者は一人もいなかったのに、村の人々は家々の中で罪を悔い改めて
泣いていました。そして、多くの人が生きたクリスチャンとなって生まれ
変わり、伝道者として献身するためにリバイバル聖書学院に入りました。

(2) 火はあたためる  
  聖霊の火は私たちの心と体とをあたためてくださいます。1966年11月12日(土)の朝、イエス様は私にも聖霊のバプテスマを与えてくださいましたが、その時からイエス様が私の体の内側に住み、私の霊と共にいてくださるようになりました。私たちはそれぞれそういう恵みを経験して、霊も心も体もあたためられています。手を置いて祈ると自分の体が熱くなり、また、祈ってもらう人の体も熱くなることがしばしばあります。聖霊で満たされた集まりでは、会堂や部屋全体が熱くなることもあります。

(3) 火は熔かして一つにする
  神の火は私たちの殻を熔かして自由にします。異言を語らせるのも
その一つの現れです。自己主張をする気がなくなり、お互いをあるがままに受け入れあうように心を開いてくださいます。神様は聖霊の火でかたくなな魂を熔かして、岩石や泥の中から美しいダイヤモンドや金銀のような魂を作り出されます。 人はエゴと我欲とによって対立し、分裂し、抗争してきました。その根は神に背いて自我を立てることです。
聖霊は愛情深く、その罪の根を熔かして取り除き、神と人を和解させ、
人と人とを和解させて下さるのです。
 私たちは1974年に代々木八幡のカトリック教会で開かれた聖霊セミナーに参加して、アリアリとした主の御霊の働きを見ました。カトリックと
プロテスタントの対立が熔けて、主イエス・キリストをほめたたえ、喜びと讃美と愛で一つになりました。その時からの交わりは今に至るまで続いています。明後日(4月23日)にもカトリックの婦人たちがこの教会を
訪問して、私と共に祈る予定です。

聖霊きたれり
 それは古いことの継続ではないのです。新しいことの始まりなのです。主は今朝寝覚めの床で私に語られました。 「あなたが霊を送られると、彼らは造られる。あなたは地のおもてを新たにされる」(詩篇104:30)。 聖霊きたれり。リフレッシュ!古きを終わらせ、新しきをもたらすために聖霊はあなたをも、この世をも新たに造られる。         アーメン

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