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                                         2002年5月26日の礼拝説教
  愛の交わり

   使徒2:42〜47
   詩篇133:1〜3
   ヨハネ13:34〜35                皆川尚一牧師
愛の交わり
 そして一同はひたすら、使徒たちの教を守り、信徒の交わりをなし、
  共にパンをさき、祈をしていた。みんなの者におそれの念が生じ、
  多くの奇跡としるしとが、使徒たちによって、次々に行われた。
  信者たちはみな一緒にいて、いっさいの物を共有にし、
  資産や持ち物を売っては、必要に応じてみんなの者に分け与えた。
  そして日々心を一つにして、絶えず宮もうでをなし、家ではパンをさき、
  よろこびと、まごころとをもって、食事を共にし、神をさんびし、
  すべての人に好意を持たれていた。
  そして主は、救われる者を日々仲間に加えて下さったのである
                              (使徒2:42〜47)。

 最初に生まれたエルサレム教会の特色は一言でいえば「愛の交わり」でありました。聖霊がくだった結果、その日一日のうちに三千人もの人々がイエス・キリストを信じてバプテスマを受けクリスチャンの仲間に入りました。彼らの愛の交わりは、4つの特徴をもっていました。

(1) 使徒たちの教えを守る
 主イエス様は昇天されましたから、イエス様の代理として目に見える
 指導者である12使徒の教を守ることが真理に従って生きる道でした。
 今日で言えば牧師の説教や指導に従うことです。
(2) 信徒の交わりをする
 これはギリシャ語で「コイノーニア」と言ってキリストの愛によって
 お互いに赦し合い、受けいれ合い、助け合い、愛し合う交わりです。
 具体的な面は後から取り上げます。
(3) 共にパンを裂く
 これは今日の聖餐式と夕食とが一緒になったものです。聖餐式とは
 十字架上で裂かれたイエス様の御体をかたどる一つのパンを裂いて
 皆で食べることで、それに流されたイエス様の血潮をかたどるぶどう酒
 を分けて飲むことです。これは天にいます主イエス・キリストと一体化
 する秘儀(イニシエーション)でありますが、毎晩の食事の際に行われ
 たので、各々満足する分量を食べたり飲んだりしました。今日では
 聖なる儀式としてわずかの分量をいただくことになっています。
 それも毎晩ではなく、私たちの教会では日曜日の礼拝で必ず行う
 ことになっています。
(4) 祈をする
 何をするについても祈るのがクリスチャンの愛の交わりの特色です。
 それは神様と心と心で交わると同時に、クリスチャン同士が心と心で
 神様を中心に結びつく大切な絆(きずな)であります。祈りの内容は、
 神様をあがめ、信仰をあらわし、感謝し、罪の赦しを求め、様々の願い
 をささげることです。 この4つのことが行われた結果、すばらしい事が
 起こりました。

畏れと奇跡
 「みんなの者におそれの念が生じ、多くの奇跡としるしとが、
  使徒たちによって、次々に行われた」(43節)。

 聖霊がくだって、主イエス様が目に見えなくても私たちの中に住んでおいでになることが実感できましたから、畏れの念が生じたのです。今でもそうです。今ここに主イエス様が臨在しておいでになるという実感から、恐怖心ではなく、畏れかしこむ心と愛と喜びと信頼がイエス様に対して
湧き上がって来ます。そうすれば、イエス様のお名前を呼んで祈ることにより、人知人力を超えたいやしとか奇跡とかが起こります。

原始共産生活
  「信者たちはみな一緒にいて、いっさいの物を共有にし、
  資産や持ち物を売っては、必要に応じてみんなの者に分け与えた」
                                   (44〜45節)。
 信者たちはみな一緒にいて共産生活を始めました。何しろ全体で三千何百人もの信者がいたわけですから、これが共産生活をするとしたら、どんな形態のものだったか?もちろん一か所にまとまって住むことは難しかったでしょう。ヨハネ・マルコの家のような資産家の邸に何十人かが共に住むとか、今日のキブツのような共同生活の団体を作るとか、色々な形でエルサレム全体の中に沢山の共同体が生まれたのではないかと推測されます。それこそ囲りじゅうが敵だらけですから、自分たちを団体の中において共産生活をするほか良い方法がなかったのかも知れません。戦後のイスラエルのキブツもそうした必要から生じました。但し、二千年前のクリスチャンのキブツは消費生活だけで生産活動を共にしたわけではないようです。従って、資産や持ち物を売ってそのお金を使徒に託し、使徒が皆の必要に応じて品物を分配する形だったらしい。また、日雇い労働やその他の働きによって稼いだ賃金も使徒に託しました。やがてそうした働きは使徒ではなく、執事たちに引き継がれて行きます。
これは愛と信頼があってこそ成り立つ共産生活だと言えるでしょう。
 ヨーロッパの歴史の上では、この原始共産生活を理想としたユートピア運動がくりかえし起こり、沢山の共同体が生まれましたが、永続するものはありませんでした。長くて150年ぐらいです。それは大抵内部から崩壊しました。初代から3代目くらいまでは保てますが、若い男女が外の世界に自由を求めて共同体から出て行くのです。
 ところで現代のクリスチャンはこのような共同体生活を作ることで愛の交わりを築くことができるでしょうか?  先日、「聖書と日本フォーラム」の中で、関西のクリスチャンたちが「新しいクリスチャン村を作ろう」という呼びかけをしていました。かつて、明治から昭和にかけて日本の教会を指導した植村正久牧師はこう言いました、「クリスチャンの愛の交わりというのは、思い切って一切を共にする共同体を作るか、そうでなければ、お互いの私有財産と自由を尊重して、自発的に各人の必要を満たすために助け合う、ゆるやかな愛の交わりが望ましい。中途半端な愛の束縛は反って健全な教会生活をそこなうことになるであろう」と。
現在の私たちはゆるやかな愛の交わりを良しとしています。

喜びと讃美
  「そして日々心を一つにして、絶えず宮もうでをなし、
  家ではパンをさき、よろこびと、まごころとをもって、
  食事を共にし、神をさんびし、すべての人に好意を持たれていた。
  そして主は、救われる者を日々仲間に加えて下さったのである」
                                (46〜47節)。
 愛の交わりが生み出したのは、喜びと讃美でした。おどろくべきことには、彼ら三千何百人ものクリスチャンが毎日心を一つにしてエルサレム神殿に詣でて礼拝に参加していたのです。敵意を持つユダヤ教最高支配者の本拠に乗り込んでいくのに、敵意や対抗意識ではなくて、救い主イエス様によって救われた喜びでニコニコし、歌わずにはおれなくて讃美の歌を歌いながら神殿に流れ込んでいくのです。家の教会では共同の
食事と聖餐式が毎日あり、皆ニコニコ笑って楽しそうでした。
「互いに愛し合うことがキリストの弟子であるしるしなのだ」とイエス様は言われました(ヨハネ13:24〜35)。その明るく楽しい愛の交わりの中に
人々は加わります。
 * かつて、磯野房子さんがキリストの救いに与るキッカケとなったのは、クリスチャンの結婚式に招かれて、そこで親密な教会の交わりを見て、あの中に加わりたいと思ったことでした。 皆さん、私たちは見えない
主イエス様に導かれて愛の交わりに入ることができたのです。 アーメン

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